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 その日、街がクリスマスに向けて盛り上がっている最中。
 一体の人型ロボットが工事現場で暴れていた。この工事現場で使用されていた人間思考型ロボット……すなわちレプリロイドが電子頭脳に異常をきたし……すなわち、イレギュラーとなって暴走したのだ。
 イレギュラーと同調し、工事現場で使用されていたメカニロイド(人間的な思考能力を持たないロボット)も破壊工作に参加していた。
 自分たちが人間と共に時間をかけて建設していた建造物を、自らの手で瓦礫の山へと変えている。
「あーあ、派手にやってくれちゃって」
 そのイレギュラーを見つめながら、紺色の装甲で身を固めた一体のレプリロイドが呟いた。額に備え付けれた、青いサブセンサーが太陽の光を反射して輝いている。
 彼の名はアクセル。イレギュラーを処分するレプリロイドの集団、イレギュラーハンターの一員だ。
「君、大丈夫?」
 アクセルは、自分と併走してライドチェイサー・シリウスを運転するレプリロイドに声をかけた。
「はい。大丈夫です」
 アクセルに声をかけられたレプリロイドが、かすかに震える声で呟く。肩を覆う装甲が黄色く塗られている。彼が、イレギュラーハンターの候補生である証だ。
「大丈夫。いつもやっているシミュレーターと似たようなものさ。心配しなくて良いよ」
 明るい声でアクセルは言う。実際には、シミュレーターでの訓練と実践は違う。如何に22世紀、最新のコンピュータとは言え、現実世界のあらゆる事象を再現できるわけではない。どうしても、シミュレートを止めざるを得ない部分は出てくる。だが、アクセルのメインコンピュータは、現在の最優先事項を訓練生の緊張を解くことと判断していた。
 同僚を落ち着かせてから、アクセルは再び最大望遠でイレギュラーが暴れている現場をみる。付近の住民や一般のレプリロイドの避難は進んでいる。これならば大丈夫。自分が行うことはいつもの仕事と大差ない。
「じゃ、行くよ。大物は僕が処理するから、メカニロイドの方をよろしく」
「は、はい」
 訓練生が緊張した声色で答える。
 同時に、アクセルはライドチェイサーの速度を一気に最高速度まで上げた。データリンク機能が、訓練生も同様の講堂に移ったことを知らせる。
 建設中のビルの一角、屋外で暴れている主犯格のイレギュラーに向け、アクセルは一直線に突っ込む。
 と、主犯格のイレギュラーがアクセルにメインカメラを向けた。
 すぐさま、近くにあった鉄骨に駆け寄り……
 アクセルはすぐさまライドチェイサーのビームを発射。
 イレギュラーの眼前で鉄骨が赤熱、融解していく。
 イレギュラーの足が止まると同時に、アクセルは跳躍。
 イレギュラーの背後に着地する。
 敵が振り向く兆候を確認。
 即座に、アクセルは後方に跳躍。
 イレギュラーの拳がアクセルの鼻先をかすめる。暴風がアクセルの肌をたたく。非戦闘用とはいえ、工事用のレプリロイドは大出力の持ち主が多い。その拳にはアクセルの頭部を破壊するだけの力が秘められていたはずだ。
 アクセルは空中で拳銃型のビーム砲「アクセルバレット」を取り出す。
 すかさず連射。無数の光の筋ががイレギュラーを貫く。イレギュラーの装甲が、内部機構が融解し周囲に飛び散っていく。
 アクセルがビームの連写を止めて着地する頃、イレギュラーはそのボディにいくつもの穴をあけて固まっていた。
 しばらくすると、イレギュラーが糸の切れた人形のようにその場に倒れた。
 アクセルが突撃をしてからイレギュラーを撃破するまで、30秒と経過していない。
「悪いね、伊達にS級ハンターをやっているわけじゃないんだ」
 残骸となったイレギュラーに、アクセルは得意げに言う。
<ちょっと、アクセル!>
 不意に、アクセルのメインコンピュータに少女の音声が割り込んできた。おなじイレギュラーハンターでオペレータを勤める同僚、パレットからの通信だ。
<今日は実施訓練なんだから、ちゃんと訓練生の戦いを見ていて点数付けないとだめでしょ>
「分かっているよ」
 顔をしかめながらアクセルは返答のメッセージを送る。
「万が一の事態が起こらないように、やっかいな奴を先に片づけただけだろ」
 アクセルは反論するが、パレットの通信は止まらない。だったら何故得意げな決め台詞を言っているのか、普段の仕事と全く同じ感覚で業務に当たっているのではないかなどと、小言を頻繁に送ってくる。
「うるさいなぁ」
 迷惑そうな顔をしながら、アクセルはライドチェイサー・シリウスに又借り、訓練生が着地した階層へと移動する。
 同時に、データリンク機能で訓練生の状況を確認。
 データで確認する限り、訓練生は深刻な損傷を受けている様子はない。
 実際に、訓練生が戦闘を行っている現場に到着。
 実際の映像を確認しても、訓練生は順調にイレギュラーとなったメカニロイドを撃破していた。アクセルの目から見て危うい局面は幾度もある。だが、致命的なミスはしていない。
 その光景を見て、自分が手を出す必要はないと判断する。ここは、彼の経験を積ませる意味でもあえて静観するところだろう。
 そう考えていると、突然、訓練生の動きが止まった。
 イレギュラーの武装(と、いっても全て工事用のツールだが)が、一斉に訓練生に襲いかかる。
 アクセルはとっさに、アクセルバレットをイレギュラーに乱射。
 メカニロイドたちが動力炉を打ちくだかれ、爆発する。
「まったく、何しているのさ」
 ライドチェイサーから降りて、アクセルは訓練生の元へと駆け寄る。
「僕が助けたから良いけど、もう少しできみが危なかったんだからね」
 訓練生からの返事はない。
 アクセルは顔をしかめる。謝罪の言葉にしろ悪態にしろ、何か反応があってしかるべきだ。だが、訓練生からは何も反応がない。
 データリンク機能で訓練生の状況を再確認する。
 やはり、彼のボディに機械的な不調は確認できない。
「……め」
 不意に、訓練生が小さな声で呟く。先ほど、アクセルの号令に答えたときとは違う、ドスの聞いた声だった。
「め……めぇぇぇ……」
 徐々に訓練生の声量が上がってくる。
 アクセルは思わず武器を構える。訓練生は異常な状態にある。
 何が起こるのか警戒するアクセルの前で、訓練生は上体をそらして、狂気に満ちた叫び声を上げた。

「メぇぇぇ〜〜〜リぃぃぃぃクリっスマぁぁぁーーースぅ!! ひゃーーーはっはっはっはっはぁーーーーっ」


 訓練生が異常を起こしてから数時間後。
 アクセルは、イレギュラーハンターの総監・シグナスの元へと呼び出されていた。
「では、訓練生は何の前触れもなしに、突然暴走したというのだな」
「そ。事前に送信した報告の通り。ほかには、特別な事は何もなかったよ」
 肩をすくめてアクセルは言う。結局、突然の暴走により、訓練生は精密検査。実施訓練は当分中止することになった。
「それで、あの事件がどうかしたの?」
「実は、ほかのハンターが監督していた実施訓練でも同様な事件が大量に発生しているんだ」
 アクセルの隣に控えていた蒼い装甲のイレギュラーハンター、エックスが答える。アクセルとは長いつきあいのイレギュラーハンターで、多くの事件を解決に導いてきた、ベテランと言っていいイレギュラーハンターだ。
 エックスの隣には赤い装甲に身を包んだイレギュラーハンター・ゼロが気むずかしげな表情で腕を組んでいる。彼も又、アクセルとはつきあいが長い優秀なイレギュラーハンターだ。
「それと、本部に怪文書が同時に送られてきているの」
 パレットがエックスの説明を補足する。
「怪文書? 脅迫状とか、反抗予告とか?」
「そこまでは分かんないです。ただ、送信者が全員、イレギュラーハンターのオペレータやその候補生である事を考えると、無関係とは思えないです」
 アクセルは思わず腕を組む。確かに、暴走したレプリロイドが全員イレギュラーハンターの関係者ならば、これらの暴走の原因には共通の背景があると考えた方がいいだろう。
「問題の文書は?」
「うん。これ」
 言いつつ、パレットがコンソールを操作する。
 数秒後、総監室のメインモニターに、送信されてきたメッセージが大文字で表示された。

 メぇぇぇ〜〜〜リぃぃぃぃクリっスマぁぁぁーーースぅ!! ひゃーーーはっはっはっはっはぁーーーーっ


「一言一句違わず、この文言がイレギュラーハンター本部に送られています」
 その言葉を聞きながら、アクセルは腕を組む。暴走した訓練生が発した奇声と同じだ。一体、どんな背景があるのだろうか。
「犯人はヴァジュリーラの訓練用プログラムだな」
 アクセルが悩んでいる間に、エックスが重々しい声で言う。イレギュラーハンターでは、過去に戦闘を行ったイレギュラーのデータが保存されている。これらのデータは、新たなレプリロイドが製造される最、イレギュラーにならない為の防止策の検討や、イレギュラーハンター候補生の訓練のために使用される。
「訓練中に、候補生たちのメインコンピュータに自分のコピーを潜ませたんだろう」
「だったら話は早い。さっさと奴を消してしまえばいい」
 エックスの発言に、当然のような顔つきでゼロが同意する。
「待って二人とも。発信者がそのヴァジュリーラってイレギュラーだっていう証拠はあるの?」
 アクセルとしても、原因となっているデータを消去する事自体に異論はない。
 だが、そのヴァジュリーラと言うイレギュラーのデータが原因である証拠はどこにもない。もとい、アクセルには見つけられない。
 そんな事を気にしていると、やはり、当然のような口調でゼロが答えた。
「こんな風にクリスマスを祝うのは奴しかいない」
「クリスマスくらい誰だって祝うよ! ちょっと根拠薄すぎない?」
「アクセル」
 落ち着いた声で、エックスがアクセルの肩装甲に手をおく。
 そうして、アクセルが落ち着いた頃合いを見計らって、エックスが言葉を続けた。
「見る者が見れば一発でわかる。これはヴァジュリーラの仕業だ」
 その言葉にアクセルは目をむく。エックスは一体何を言っているのか。そもそも、この文面でヴァジュリーラというイレギュラーを特定できる業界などあるのか。その業界のレプリロイドは、エックスとゼロの2体だけではないのか。色々と疑問が消えない回答を、まさかエックスが行うとは思っていなかった。
「……そう言うもんかなぁ」
「ヴァジュリーラ上級者の二人の意見は無視できない」
 重々しい口調でシグナスが呟く。
「二人の進言通り、まずはヴァジュリーラのプログラムを調べてみることにしよう」

 アクセルはエックスたちと共にイレギュラーハンター本部の機密区画にある、マザーコンピュータを訪れていた。イレギュラーハンターが訓練で使用する、イレギュラーのコピーのデータはここに納められている。
 パレットが本部の備品室から持ってきた携帯端末を、有線でマザーコンピュータに接続する。
「これで、ヴァジュリーラをエミュレートした人格とお話をすることができます」
 パレットの報告に、シグナスが頷く。
「では、始めてくれ」
 シグナスがそう言うと、携帯巻末が起動した。パレットが手のひらから指令コードを送り、携帯端末卯を操作したのだろう。
 しばらくすると、端末のモニターに一体のレプリロイドの姿が映る。
 黄金の頭部装甲に、曲玉に似たサブセンサーが取り付けられているレプリロイドだ。
「ヴァジュリーラ」
 険しい声で、エックスが呟く。 
<久しぶり、いや、はじめましてと言った方が適切かな? エックス、ゼロ>
 携帯端末から、アクセルが初めて聞くレプリロイドの声が聞こえてくる。これがヴァジュリーラとか言うレプリロイドの往事の姿なのだろう。
「単刀直入に聞かせてもらう」
 ゼロも又、鋭いまなざしでヴァジュリーラに……厳密に言うならば、ヴァジュリーラの姿を映している端末に詰問する。
「イレギュラーハンター候補生たちの意識を乗っ取り、奇声を上げさせたのはお前で間違いないのか」
<いかにも。ついでに言えば、君たちイレギュラーハンター本部にクリスマスメッセージを送るようにし向けたのも私だ>
 モニターの中のヴァジュリーラの中のヴァジュリーラが鷹揚に頷く。
 その様を見て、アクセルは思わず肩を落とした。あっさりと事件の犯人が見つかり、拍子抜けせずには居られなかった。
 一方、アクセルとは対照的に、エックスの顔からは険しい表情が消えていない。
「何故、こんなふざけたメッセージを送った」
<クリスマスを祝うのに、理由などいるかね?>
「ふざけるな! まともな理由を話せ」
<話して居るさ。今や、クリスマスを祝うことこそ、私の本能といえる>
「……訳の分からんことを」
 ゼロがあきれ気味に言う。
「ヴァジュリーラ。もう一つ教えてくれ」
 エックスが険しい声で言う。その声を聞きながらアクセルは身構える。事件に拍子抜けこそしているが、イレギュラーである可能性が高い存在に油断するほど惚けてはいない。
「まだ人間に危害を加える意志は消えていないのか」
「無論だ。データを解析すればわかるはずだ。私はイレギュラーとしてのヴァジュリーラFFのデータをエミュレートした存在。原理上、私の中から、ドップラー博士への忠誠心と人間への敵意を消せるわけがない」
 ふと、アクセルは眉をひそめる。何故か、モニターの中のヴァジュリーラアイカメラに憂いの表情が浮かんだように見えた。
 アイカメラを瞬かせ、モニターを見つめ直す。
 モニターの中のヴァジュリーラは、冷たいまなざしでアクセルたちを見つめ返していた。
「一つ、約束してくれ。イレギュラーハンター候補生へのデータの送信はやめるんだ」
「それはできない。いまやこれが、私が外界に接触する唯一の手段なのだ」
「……だったら、仕方がないな」
 ゼロがため息をつきながら言う。
「パレット、データを消去だ」
「そうはいかん!」
「きゃあ!」
 突然、パレットの体が跳ね上がった。
 同時に、パレットが手にしていた端末がエックスバスターから放たれたビームに焼き尽くされる。
 直後、アクセルは緊急加速システムを使用し、床に倒れそうなパレットを抱き上げる。同時に、ゼロがイレギュラーハンターベースのメインコンピューターにアクセス。ヴァジュリーラのデータの消去コードを打ち込む。
「パレット、大丈夫?」
 アクセルは腕の中に横たわるパレットに声をかける。
 返事はない。
 続いて、直接データを送信してみる。
 やはり、パレットからの返事はない。データのリンクもできない。パレットのメインコンピュータは機能を停止している。一時的なものか、永久的なものかは外観からは伺いしれない。
「妙だ」
 ゼロが怪訝そうな声を出す。
「ヴァジュリーラのデータが見つからない」
 その言葉に、アクセルは顔をしかめる。ゼロの発言の意味するところが、データが消去済みと言ういみならそれでいい。だが、もう一つ。エックスが端末を破壊する直前、ほかのコンピュータにデータが転送された可能性もある。
「分かった。念のため関係各所に警報を送ろう」
 シグナムが冷静な声で言う。
 と、アクセルの腕の中でパレットが身じろぎをした。
 パレットに注意を戻すと、ゆっくりと、目を開いている最中だった。
「パレット、大丈夫?」
 アクセルの問いに、パレットは答えない。
 無言で、ゆっくりと体を起こす。
「パレット、立てるの?」
 パレットからの返事はない。
 人形のようにゆっくりと、無言で立ち上がっている。
 普段の、口やかましい姿とは真逆の仕草だった。
「め……」
 パレットの口から小さな声が漏れる。
「め……めぇぇぇ……」
 アクセルは大きく目を見開いた。数時間前、アクセルはよく似た光景に遭遇した。一方で、信じたくはなかった。今度はただデータの一部を送られただけではない。先ほど、ヴァジュリーラのデータ全てが移動した可能性もある。データの移転先がパレットならば、目の前にいるレプリロイドはパレットでありながらパレットではない存在になってしまう。
 自分の予想が外れてほしい。柄にもなく、アクセルのメインコンピュータにそんな思考がよぎる。
 そんなアクセルの思考をあざ笑うかのように、パレットが上体をそらして叫び声を上げる。

「メぇぇぇ〜〜〜リぃぃぃぃクリっスマぁぁぁーーースぅ!! ひゃーーーはっはっはっはっはぁーーーーっ」

 パレットの口から、ヴァジュリーラが叫び続けてきた言葉が飛び出てきた。おそらく、携帯端末を介してメインコンピュータと繋がっていたために、ヴァジュリーラがデータの移行先として選んだのだろう。後方での情報処理を担当するレプリロイドだけあって、エックスやアクセルよりも、メインコンピュータの要領と処理速度には余裕がある。その事も、彼女がヴァジュリーラがデータの移送先に選んだ理由の一つかもしれない。
 アクセルの手がふるえる。何故か、両手に力が入らない。今、目の前にいるのはパレットではない。外見はパレットでも、その中身は全く別のレプリロイド、それも、先ほど人類に対する敵意が消えていないと発言した存在だ。イレギュラーハンターとしては、直ちに処分するべき対象だ。だと言うのに、アクセルバレットを強く握ることができない。
 アクセルが戸惑っている間に、パレットの腰が沈む。
 直後、一陣の風が吹いた。
 気付くと、パレットの姿はない。緊急加速システムを使用したのだろう。
「アクセル!」
 エックスが、自分の眼前で何かを怒鳴っている。
「アクセル、しっかりしろ! まだ、パレットを取り戻す方法はあるはずだ」
 アクセルはエックスの言葉に我に返る。
「そっか、そうだよね」
 思考が回復しないまま、アクセルは答える。パレットの体を取り戻す方法はある。根拠がないことは分かっている。それでも、いまのアクセルはその言葉にすがるしかない。
「すぐにパレットを追おう。彼女は、ライドチェイサーの格納庫に向かった」
 エックスの言葉に頷き、アクセルはライドチェイサーの格納庫に向けて走り出す。コンピュータールームからは、シグナスがパレットを捕縛するようイレギュラーハンター本部全体に指示を出している。
 ライドチェイサーの格納庫にたどり着くと、整備員が辺りを駆け回っていた。
「ねぇ!」
 整備員の一人を捕まえて、アクセルは叫ぶ。
「パレット、こっちに来なかった?」
「すいません。シリウスで逃げられました」
 舌打ちをしながら、アクセルはライドチェイサー・シリウスにまたがる。2種類有るライドチェイサーのうちシリウスを選んだという事は、彼女は遠くに行くつもりはない。町中に潜伏するはずだ。
「すぐにでるよ、ハッチ閉めないで!」
 周囲の作業員にそう指示を出すと、アクセルはライドチェイサー・シリウスを急発進させる。
 空間湾曲装置が車体を浮かせたことを確認すると同時に、ブースターの出力を全開にする。
<アクセル、聞こえるか>
 シリウスの通信機から、エックスの声が響く。
<本部でパレットの移動経路を割り出すことができた。データをそっちに送る>
 同時に、アクセルのメインコンピュータにパレットの逃走経路を示すデータが送られてくる。パレットは都市中央にあるマザーコンピュータが収納されている中央管理ビルへと向かっているらしい。
 アクセルは思わず息をのむ。マザーコンピュータは、街の様々なインフラを統括するのみならず、世界中の都市と常時データリンクされている。仮に、パレット……否、パレットの体を持つヴァジュリーラに掌握されればそのデータが町中……否、全世界にばらまかれるかもしれない。
<俺とゼロも、すぐにそちらに向かう。できるだけ、パレットをくい止めてくれ>
「了解!」
 反射的に叫びつつ、アクセルは奥歯をかみしめる。くい止める。要するに、パレットに、レプリロイドを破壊するための武器を向けると言うことだ。パレットが残骸へと変わった姿が脳裏にちらつく。血をまき散らし、四肢がちぎれ、残骸となって二度と動かない姿が頭から離れない。
 ふと、中央管理ビルへの道中、アクセルは妙なことに気付いた。
 街に被害がない。
 パレットがイレギュラーになっているなら、邪魔な車両などをシリウスのビーム砲で破壊して何らかの被害が出ていてもおかしくない。
 だが、そんな様子は見受けられない。
 不意に、エックスの言葉が思い起こされる。
 パレットの意識を戻す方法はまだある。
「そうさ。きっと、パレットの意識はまだ残っているんだ」
 そう呟いて、アクセルはシリウスを中央管理ビルへと向けて疾走させる。根拠がないはずの言葉に、妙な実感がわいたような気がした。
 中央管理ビルにたどり着くと、ビルの一角にビーム砲でうがたれたような穴があいていた。如何にパレットの意識が残っていても目的地への最終段階で武器を使用する事までは止められなかったらしい。地面を見ると、動力炉がアイドリング状態になったシリウスが停車していた。パレットが中央管理ビルに乗り込んだ後、自動操縦モードで着陸したのだろう。
 アクセルは穴の手前でシリウスを停止させると、パレットの後を追い、マザーコンピューターが納められているコンピュータールームへと駆け出す。同時に、遠隔操作でシリウスを自動操縦モードに移行し、適当な場所に着陸させる。
「パレット!」
 同僚の名を叫びながら、アクセルはコンピュータルームへと突入する。
 マザーコンピューターの端末の入力システムに手をかざしたパレットの姿がそこにあった。
「エックスではなく、貴様が来たか。若いイレギュラーハンター」
「エックスじゃなくて悪かったね」
 言いつつ、アクセルはアクセルバレットを取り出し、パレットに向ける。
「パレットの体から出て行け」
「出て行くさ。世界中に、私のコピーをばらまいた後でね」
 言いつつ、パレットがマザーコンピュータに司令を送る。
 マザーコンピュータが、レプリロイド一体分のデータを受け入れ、全世界に配信する準備に入った事を示すメッセージが、コンソールに表示される。
「パレット、頑張れ! そんな奴に負けるな」
「いくら呼びかけても無駄だ」
 パレットの顔に、アクセルを哀れむような表情が浮かぶ。
「彼女のデータは完全に停止させている。君の呼びかけに答えることはない」
「そんな事、信じるものか」
「こうして、私の計画に従っている。それこそが、私の言葉が真実だという証拠にはならないかね」
 パレットが……否、ヴァジュリーラがパレットの顔で得意げに言う。
「そんな事をして、また大勢の人間を苦しめる気?」
 問いかけつつ、アクセルは険しい顔を作るよう努める。せめて、イレギュラー相手に弱気な表情を見せたくなかった。
「……最早、そんな事に興味はない」
「何だって?」
 ヴァジュリーラの言葉に、アクセルは眉をしかめる。俄には信じられない答えだった。
 アクセルの心中を意に介していないかのように、パレットが落ち着いた表情で言葉を続ける。
「君も知っているだろうが、本来の私はとっくの昔にエックスによって撃破されている。今の私の意識は、イレギュラーハンターの訓練のために、イレギュラーとしての私を再現した物にすぎない」
「だから、何さ」
「君に問いたい。私……ヴァジュリーラとは何だ? レプリロイドとして持っている心とは何だ。人類に敵対した一時期の思考と行動を模倣するように作られただけのプログラムが、本当に心といえるのか。本当に、ヴァジュリーラと言えるのか」
「それは……」
 仲間の意識を乗っ取ったイレギュラーだ。
 何故か、アクセルはその言葉を返すことができない。
 沈黙が、コンピュータルームに流れる。その沈黙の中、アクセルは考える。
 今、自分が持っている人格を消去され、誰かが持っている自分の一面をエミュレートしたプログラムを走らされたと仮定する。
 果たして、その心は本来の自分の心と言えるだろうか。制作者が不明となったアクセルには、エミュレートされた人格を否定する存在はいない。
「私は、違うと思いたい。イレギュラーになる前であった部分を残してこそ、本当にヴァジュリーラのはずだ。だから、私は私であるせめてもの証拠を世界中に刻みこむ」
「その証拠が、あの、メリークリスマスとか言う奴?」
「そうだ。人類の敵としての私だけをエミュレートしてなお残った心。クリスマスの到来を狂喜している心。これこそが、本当の私の核となる部分のはずだ!」
 パレットが笑う。普段、オペレーターとして接している彼女が決して浮かべることの無かった凶悪な笑みだ。
「オリジナルの私の心が残されていない今、この一面だけを世界中のレプリロイドに刻みこむ。これこそが、ヴァジュリーラという正常なレプリロイドが存在した、ただ一つの証となる」
 パレットの幼い、舌足らずな声で、彼女が口にしない言葉が紡がれる。
 そのたびに、アクセルのメインコンピュータに、普段のパレットの姿が思い浮かぶ。舌足らずな声で、自分とくだらない喧嘩をするレプリロイドの少女の姿が思い浮かぶ。
「だったら……他人の心に勝手に上がり込んで良いの? パレットの心まで奪って、今度は世界中のレプリロイドに、似たような症状を出すこと、本気で正しいと思っているの!?」
「許されずとも良い。私は、私である証拠を残す。誰にも邪魔はさせない」
「止めろ!」
「もう遅い」
 パレットが凶悪な笑みを浮かべる。コンソールには、後数秒でヴァジュリーラのデータを全世界に送信する準備が整うという趣旨のメッセージが表示されている。
 最早、パレットを破壊せずにヴァジュリーラの暴挙を止める方法はない。自分にパレット並の処理能力が有れば、強制的にマザーコンピュータにハッキングを仕掛け、処理を遅らせる事もできたかもしれない。が、アクセルの設計は前線での直接戦闘を想定した物になっている。パレット並の速度でハッキングを仕掛けるなど、不可能だ。
(パレット、並?)
 不意に、アクセルのメインコンピュータが打開策をはじき出す。
「そうか、この手があった」
 叫びつつ、両手に握ったアクセルバレットからビームを発射。
 パレットの右手とマザーコンピュータの入力装置が破壊される。これで、しばらくの間はパレットがヴァジュリーラのデータをマザーコンピュータに送信することが不可能になる。
 同時に、パレットの左上腕部の装甲が赤熱し、融解。
 すかさず、アクセルは緊急加速システムを起動させ、パレットの元に潜り込む。右手に握っていたアクセルバレットはその場に投げ捨てる。
 パレットが大きく目を見開いている間に、右手をパレットの左上腕部の傷口にねじ込む。
 パレットの潤滑油に含まれたマイクロマシンから、パレットのDNAデータを読み込む。
 パレットのDNAデータが、アクセルの頭部に備え付けられたサブコンピュータに解析されていく。額のサブセンサーから放たれる蒼い光が周囲を照らす。
 DNAデータの解析終了。
 サブコンピュータのメッセージを受け取ると同時に、アクセルはトランスシステムを起動させる。
「変身!」
 アクセルが叫ぶと同時に、装甲の形状が変わっていく。鋭角的な紺色の装甲が、丸みを帯びた緑色の装甲に変わっていく。
「な……」
 目が大きく見開かれたパレットのアイカメラ反射しているアクセルの姿が、パレットの姿へと変わっていく。アクセルには体格が近いレプリロイドやメカニロイドのDNAデータを読みとり、そのレプリロイドに変身、その姿だけでなく能力もコピーすることができる。
 パレットへの変身を完了すると、アクセルは自分の右手をパレットの左手に押し当てた。
「ヴァジュリーラのデータを強制ダウンロード。パレットの体を返してもらうよ!」
「な……この、小僧」
 パレットの体から力が抜けていく。
 それに比例し、アクセルの脳裏によけいなデータが増える。ヴァジュリーラの人格データだろう。
 しばらくすると、パレットが地面に倒れる。
 同時に、ダウンロードが完了した旨のメッセージがメインコンピュータに流れる。
 アクセルはすかさず右手をパレットから離す。
 同時に、ほかイレギュラーハンターとのデータリンク機能をカット。
 これで、ヴァジュリーラの意識は完全に自分の中に封じ込めた。
 突然、アクセルの意識が遠のく。ヴァジュリーラが、今度はアクセルの意識を乗っ取ろうとしているのだろう。
「お生憎様」
 アクセルは笑みを浮かべると共に、意識を集中させた。
 変身解除。
 アクセルの装甲が、再び紺色の物に……アクセル本来の物へと戻っていく。
 同時に、メインコンピュータの処理能力も、空き容量もアクセル本来の物へと戻る。パレットの姿であった頃に獲得したデータが、霧のように消えていく。おそらく、連動してヴァジュリーラのデータも消えているはずだ。
 変身が完了したと同時に、自分のサブコンピュータを呼び出し、パレットのDNAデータを消去。
 これで、ヴァジュリーラのデータは消え去ったはずだ。
「さて、急いでパレットを運ばないと」
 息も絶え絶えに、アクセルはほかのイレギュラーハンターとのデータリンクを再起動させ、救援要請を送った。
 

 ヴァジュリーラのデータを消去してから1時間後。
 アクセルはイレギュラーハンター本部の医務室にいた。無論、現場の後処理をエックスに引き継ぎ、シグナスに報告書代わりのデータを行った上で、だ。
 アクセルの目の前の整備用ベッドにはパレットが横たわっている。アクセルがその武器で破壊した箇所はすでに応急処置を終え、予備のパーツと交換している。後は、彼女の目覚めを待つばかりだ。
 パレットの目がゆっくりと開かれる。
「アクセル?」
 どことなく舌足らずな声で、パレットがアクセルの名を呼ぶ。
 その声を聞いて、アクセルは胸をなで下ろした。いつものパレットだ。
「よかった、元に戻ったんだ」
「私……」
「大丈夫。ヴァジュリーラの意識は消去した。安心して良いよ」
「そっか……よかった」
 ベッドの上で、パレットが安堵の息を吐く。
 と、すぐに顔をしかめた。慣らしもしていないから、交換したパーツに違和感を覚えているのだろう。
「……本当、ごめん。」
 アクセルは思わず頭を下げる。レプリロイドを破壊するための武器で、彼女を傷つけたのは自分自身だ。
「いいの。アクセルが私を多するために一番いい方法を選んでくれたこと、分かってるから」
 パレットが苦笑する。
 その言葉に、アクセルは幾分か救われた気分になった。
「ねぇ、パレット。本調子じゃないところ悪いけど、すこし聞きたいことがあるんだ」
「何?」
「あいつに……ヴァジュリーラに、正常なレプリロイドだった頃って有ったのかな?」
 パレットが怪訝そうな顔をする。
 それにかまわず、アクセルは言葉を続ける。
「あいつのデータをダウンロードしている時に思ったんだ。ヴァジュリーラは、ドップラー博士がイレギュラーになった後に、イレギュラーハンターを破壊するために作った作ったレプリロイドだ。たぶん、僕たちの基準で言う正常だった頃なんてないんじゃないかな」
「うん。たぶん、アクセルの推測は間違っていない」
 パレットの言葉を聞いて、アクセルは自分の手を見つめる。過去のデータが一切失われているため、アクセルは自分の正体をしらない。新世代型レプリロイドのプロトタイプらしいと言うことは分かっているが、何故、過去のデータを失った状態でレッドアラートに拾われたのかは、未だに不明のままだ。
「自分の正体をも止めるあまり、見当違いな情報にしがみついて、それを本当のことと信じるなんて……馬鹿じゃないか」
 吐き捨てるように、アクセルは言う。
「馬鹿じゃないって、私は思うな」
 アクセルはアイカメラを瞬かせ、パレットに視線を移す。
 パレットの顔には、優しげな笑みが浮かんでいた。
「自分のことを決めて良いのは、自分だけだもの。あのヴァジュリーラってイレギュラーの救いがクリスマスの叫び声だったなら、それ自体は良いことだったって、私は思う」
「そう言うもんかな」
「もちろん。アクセルも、ね」
「僕も……」
 制作者が分からないなりに、これからの自分を自分で定義することはできる。
 だから、これから何があっても気にするなと、パレットは言いたいのだろう。
「ありがとう。パレット」
「どういたしまして」
 パレットが愛らしい笑みを浮かべる。
 と、アクセルに備え付けられた電子時計が12月25日の午前0字を指した。
「もう、12月25日ですね。ねぇ、こう言うとき、あのレプリロイドならなんて言うと思う?」
「決まっているだろ」
 アクセルが笑みを浮かべて答える。
 パレットの顔にも笑みが浮かぶ。
 二人のレプリロイドは、イレギュラーではない自分を求めた一体のレプリロイドのために、彼が叫び続けた言葉を同時に叫んだ。

「「メぇぇぇ〜〜〜リぃぃぃぃクリっスマぁぁぁーーースぅ!!」」


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