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第51話「決着! テクジス最期の日」

埼玉県某所
テクジス 阿修羅谷基地 最奥部
14時55分

「貴様が、テクジスの首領?」
 テクジスの基地の最奥で、目の前に浮かぶ物体に向けて、仮面ライダークリーツは呻いた。
 培養液に浮かぶ一つ目の頭脳。その物体が、一度は自分が忠誠を誓った組織の首魁だと主張している。
<私が首領だと、何か不都合なことでもあるかね?>
 首領の声が、クリーツの脳裏に響く。テクジスに所属していた頃、通信機を通じて何度も聞いていた声だった。
「いや、無い」
 クリーツは返事をしながらLVSをカットし、右足にエネルギーを集中させる。
 直後に跳躍。
「ライダーキック!」
 クリーツが叫ぶと同時に、脳髄を納めたケースが一瞬で金属で覆われた。
 クリーツの右足に堅い感触が伝わり、その体がはじき返される。
 反動で吹き飛びつつも、空中で回転、着地する。
 頭脳を収めていたケースを見ると、円筒状の装甲で覆われ、内部を伺い知ることは不可能になっていた。
 ケースを被っている円筒状の装甲に損傷はない。
「だったら!」
 叫びつつ、クリーツは部屋の壁面を覆うように存在する機械に拳を撃ち込む。テクジス首領の体は強大な戦闘力を有している。背部に、クリーツの攻撃が有効な箇所を見つけたが、その箇所をピンポイントで攻撃することは困難だ。だが、クリーツの目の前に存在する、テクジス首領を名乗る頭脳の生命活動を停止させることは容易だ。ケースを破壊するか、頭脳の生命活動を維持している機械を破壊してしまえばよい。テクジス首領の出自に興味はあるが、今は、テクジスを壊滅が第一だ。
<無駄だ>
 テクジス首領の脳波通信が送られてくる。
<今、君が目にしている機械を破壊しところで、地下に備え付けられたサブシステムに切り替わるだけだ。そして、サブシステムにアクセスするには、私の指令でのみ解放されるメンテナンスハッチを使わなければならない>
 その言葉に、クリーツは破壊の手を止める。攻撃を受ける可能性が少ない、基地の最奥部に頭脳を隠しておきながら、クリーツのライダーキックをも防ぐ可動式の装甲を防衛機構として備た。その過剰なまでの用心深さを考えれば、テクジス首領の発言は嘘ではあるまい。
「テクジス首領」
 テクジス首領の頭脳に脳波通信を送りつつ、クリーツは触角で空気の流れを探る。テクジス首領の体が到着すれば、首領の撃破は困難になる。何としてでも、メンテナンスハッチを探す必要があった。
「さっきから俺に脳波通信を送っているが、貴様は何者だ? 人工的に作られた生物の一種なのか」
 空気の流れを探りつつも、脳波通信を送り続ける。できることなら、首領に自分の考えを気付かれたくない。
<失礼な上に、無礼な男だな>
 首領の鷹揚な声が、クリーツの頭脳の中に響く。
<私は歴とした改造人間だ。組織を拡大する過程で、本来の体を失ってしまったがね>
「では、貴様の頭脳自体は、通常の士官型改造人間のものか?」
<如何にも。テクジス製改造人間としては、最初期の改造人間だ>
 周囲の状況を探りつつ、クリーツは左手を小指から順番に握っては、開く。テクジス首領の言葉を信じるならば、テクジス首領にはいつぞやのクトゥルーノロジーの様に、自分を操る能力を有していない可能性が高い。敵による支配を度外視しつつ、テクジス首領との直接戦闘に専念できる。
「そして、体を失ってからは常に最新技術の結晶ともいえの体を用意されていたわけか」
<そう不満げに言うものでもあるまい。私の体で安全性が確立された最新技術は、常に君たちの性能に還元されているのだよ>
 テクジス首領が落ち着いた声で言う。
 話を聞きながら、クリーツは触角に意識を集中させ続ける。未だにメンテナンスハッチが有りそうな兆候は見つからない。
「危険な技術をいの一番に使っているのだから、感謝しろ、と言うつもりか?」
<まさか、そこまでは言わんよ。私の体の意義を少しは知ってもらいたかっただけだ>
「自分一人のために、こんな部屋まで作ってよく言う」
 不意に、テクジス首領の脳波通信がとぎれる。
 怪訝に思っていると、頭脳に含み笑いが響く。
「何がおかしい?」
<この部屋は阿修羅谷基地に元からあったものだ。尤も、私の頭脳の保管場所として、リフォームはさせてもらったがね>
「九郎ヶ岳遺跡の様なものか」
<いいや。歴とした、近代的な基地だ>
 クリーツは首を傾げる。
 テクジス首領の言葉が事実ならば、阿修羅谷基地という大規模な地下要塞を建設する能力を持った組織が、過去に存在したことになる。
 それも、これだけの大工事をしておきながら、その存在をほぼ完璧に秘匿しきる諜報能力を持った組織だ。
 ふと、クリーツの脳裏に通路の壁面に書いてあった文字列が思い浮かぶ。
 B.D.N
 クリーツはその意味を深く考えては居なかった。
 仮に意味があったとしても、それはテクジス自身に意味がある略語だと思っていた。
 だが、首領の言葉が正しいのならば、あの文字列はこの阿修羅谷基地を初めに建設した集団の組織名と認識する方が正確だろう。
 ふと、クリーツは自分の掌を見つめる。
 改造人間。
 成長を終えたはずの、人間の細胞すべてを遺伝子レベルで改造。しかる後に、人工臓器を移植して戦闘能力を向上させているテクジスの主力兵器。
 その製造には、一般に広まっている技術では未だ到達できない高い壁がある。理論的な段階としてはほぼ完成されていても、それを実現させる技術力は、今の表社会にはない。
 だが、その壁をテクジスは軽々と乗り越えている。
 その技術の出所は、今まで謎に包まれていた。仮面ライダークリーツ=藤山隆としても気にならないではなかったが、現実に存在する以上、深く詮索しようとは思わなかった。
「改造人間の技術の出所も、ここか?」
<その一つだ>
 クリーツは首を傾げる。
<改造人間の技術の出所となった施設は世界中に点在している。この阿修羅谷基地は、その一つにすぎない>
「テクジス以前にも、改造人間を作り出す技術力を持った世界規模の組織が存在したと言うことか?」
<如何にも。それらの組織の生き残りと協力しつつ、私たちは技術を発展させ、テクジスの戦力を整えることに成功した。対消滅砲もその成果の一つだ>
 クリーツは左手を小指から順番に握っては開く動作を繰り返す。テクジス首領の言葉は出任せではあるまい。改造人間を製造可能な技術力を持った組織が存在したというならば、そうした組織の生き残りが大勢居ることに不思議はない。彼らが、かつての古巣と同種の存在であるテクジスに協力する理屈もわかる。
「貴様も、そうした組織の残党か?」
<いいや。私は元々、そうした組織とは縁がなかった一人の技術者だ。ただ、優れた理論について調べている内に、同士とともに、先人たちが残したこの基地にたどり着いたに過ぎない>
「その技術を、まともな方法で役立てようとはしなかったのか?」
<役立てようとしているさ。世界を武力で統一できれば、より大胆な政策を採ることができる。世界自体を作り替えることができれば、より効率的に問題を解決できる>
「それをまともと言えるか!」
<言えるさ>
 クリーツは思わず息を呑む。首領の脳裏に流れていた言葉は自信にあふれていた。
<技術を使い、周囲の世界を変革するのは人間の技術の本質とも言えるものだ。焼き畑農業の昔から、な。ただ、我々が時間を超えて、世界を改造する手段を見つけたと言うだけだ>
 焼き畑農業。
 クリーツの脳裏に、ムベンベ共和国の惨状が思い起こされる。
 攻撃の直前に見た、廃墟となった広川市の惨状が想起される。
「お前にとって、今までの軍事行動の被害や、今回の対消滅砲の攻撃は、農業のために森を焼く程度の物なのか」
<いかにも。それの程度の手間で世界を根底から変えることができるのだから、手軽なものとは思えないかね?>
 クリーツの脳裏に、ムベンベ共和国で働くボランティアの姿が思い浮かぶ。
 自分の犠牲者となった人の姿が思い浮かぶ。
 現実に、テクジスの犠牲となった人々の顔が思い浮かぶ。
<藤山隆君>
 テクジス首領が落ち着いた様子で呼びかける。
<私にとってはいささか不本意な形ではあるが、ここまでたどり着いた君という士官は殺すに惜しい。どうだね、テクジスに戻ってくるつもりはないかね?>
「断る」
 クリーツは静かな声で答える。
「以前の戦いで、店長が言ったとおりだ。お前の志がどんなに崇高でも、現実に採用した手段を認めるわけにはいかない」
 しばし、静寂が流れる。
<それでは仕方がない。ちょうど、体も到着した頃だ>
 ふと、足音が響く。
 クリーツは部屋の入り口に顔を向ける。
 一つ目の巨大な複眼を顔面に備えた改造人間が……テクジス首領の体が、この基地の奥に到着した。
 対して、クリーツは未だに、テクジス首領の頭脳を攻撃するための手がかりを見つけていない。
<冷たい基地の奥底で死んでもらうぞ、仮面ライダー!>



埼玉県某所
テクジス 阿修羅谷基地司令部
14時55分

「この野郎!」
 気合いとともに、二郎は疑似ライダーパンチをカニノロジーの装甲に打ち込む。
 二郎の右腕がカニノロジーの左側腹部の積層装甲に当たる。
 が、積層装甲が砕ける感触はない。
「どうした、バルログ残党。貴様の力はこの程度か!」
「畜生」
 毒づきつつ、二郎は後方に跳躍。
 先ほどまで、二郎がいた空間をカニノロジーのハサミがなぎ払う。
「二郎!」
「おやっさん! 適当に逃げ回っていて下さい!」
 疑似ライダーパンチ用のエネルギーカートリッジを装填しつつ、二郎は叫ぶ。周囲を見渡すと、葵と雪奈がアリノロジーの相手を引き受けている。尤も、葵はアリノロジーの攻撃から逃げまどうばかりで、ほとんど発砲していない。流れ弾で二郎や雪奈を傷つける事を懸念しているのだろう。
 二郎が叫ぶ間にも、カニノロジーが間合いをつめてくる。藤兵ェが心配そうな声を出しているが、万が一、彼に怪我をされては困る。ここは自分たちが敵の排除に成功すると信じてもらうしかない。
 カニノロジーが右腕を振りかぶる。
 対して、二郎は身を屈めつつ突進。カニノロジーの刺突を回避しつつ、左側腹部に疑似ライダーパンチを打ち込む。
 やはり効果はない。
 左肩が異様に熱い。
 と、突然二郎の体が浮かび上がった。金属がひしゃげる音が響く。
 同時に、筋肉が収縮し、呼吸が止まる。
 数瞬おくれて、自分がカニノロジーの膝蹴りを受けたことに気付く。
 と、二郎の体が急速に吹き飛ぶ。
 背中に激痛が走る。
 同時に、体全体が重くなった。
 何かの液体が床を流れている。
 おそらくバッテリー液だ。先ほど、壁に激突した衝撃で背部バッテリーが損傷したのだろう。
 二郎は床を転がりながら、腰部に取り付けられた緊急排出用スイッチを押す。
 アクチュエーターの作動音と共に装甲の可動部が展開。
 装甲が二郎の体から離れ、床に当たって鈍い音を響かせる。
 装甲が離れたことを確信すると同時に二郎は床を転がり、その場を離れる。
 と、二郎に捨てられた胸部装甲にカニノロジーの右腕が突き刺さる。
 直後、カニノロジーの体が炎に包まれる。装甲を打ち破ったときの火花がバッテリー液に引火したのだろう。
 ふと、肩の装甲が転がっている事がわかった。
 紙細工のように引き裂かれている。先ほど、左肩をおそった熱は、装甲が切り裂かれたためだろう。
 ふとみると、左肩から赤い液体が流れ出ていた。
 不思議と痛みは感じない。その原因まで考察する余裕は、今の二郎にはない。
 ただ、傷を負っているにも関わらず、腕を動かせる。その事実だけが重要だった。
 不意に、炎の中から何かが飛び出る。
 そのまま、飛び出た物体が藤兵ェに向かい……
 空中で、爆発が起こった。視界の片隅に、葵がカービン銃を構えている姿が映っている。
 炎の中から飛び出た人影がバランスを崩し、基地のコンソールへと転がる。その隙に、藤兵ェが人影から離れる。
 炎に包まれた人影に向けて、二郎は突進。同時に、右腕に疑似ライダーパンチのカートリッジを装填。
 接近すると、影の細部が鮮明になる。
 カニノロジーだった。
 その装甲には殆ど損傷はない。
 それでも、二郎はカニノロジーの左腹部をめがけて疑似ライダーパンチを繰り出す。
 二郎の右腕に激痛が走る。腕の付け根が、焼けるように痛い。元々、強化服を装着した上で放つことが前提の武装だ。現在の、強化服を脱いだ状況で使用するには無理がある。
 それにもかまわず、二郎は右腕にカートリッジを再装填。
 再度、疑似ライダーパンチを放つ。
「グッ……」
 カニノロジーが苦悶の声を上げた。
 二郎は笑みを浮かべそうになった自分の顔を引き締める。いかに強固な装甲を持っていても、一点に連続して疑似ライダーパンチを打ち込まれれば効果はあるらしい。
 楽観はできない。本家ともいえるクリーツやクラントのライダーパンチと比較すると、疑似ライダーパンチの威力は劣っている。その上、強化服を失ったことで二郎自身への反動も大きい。カートリッジを使い果たしたところで、カニノロジーの装甲を打ち破れる保証はない。
 それでも、カニノロジーに二郎が有効打を与えるには、この隙に、一点に連続して疑似ライダーパンチを打ち続けなければならない。
 三発、四発と二郎は疑似ライダーパンチを打ち続ける。その度、武装義肢の付け根に激痛が走る。接続部を通じ、ハンマーで打ち付けられたような痛みが駆け抜ける。その上、腕の付け根が異様に熱い。感覚すらも、曖昧になる。
 五発目の疑似ライダーパンチを打ち込む。
 同時に、二郎の右腕が砕け散った。アクチュエーターや外装が司令室の床に落ち、甲高い音を響かせる。
 そして、カニノロジーの装甲には小さな罅が入っていた。内部への損傷は無いだろう。
「手こずらせてくれたな」
 カニノロジーがそうつぶやいた直後、二郎の体は空中高く舞っていた。上半身を反らした勢いだけで、二郎を吹き飛ばしたのだろう。
 二郎の顔から、血の気が引く。
 と、背面に何か、柔らかい物が当たった。
 そのまま床に倒れる。
「っ、つぅ……」
 二郎と、その背後から苦悶の声が響く。
 二郎が体を起こし、振り向くと藤兵ェが二郎の下敷きになっていた。
「おやっさん! なにやっているんです」
「大丈夫か、二郎」
 息も絶え絶えに藤兵ェが問う。顔にはびっしりと脂汗が浮かんでいる。
「ちょうど良い」
 不意にカニノロジーの声が響く。
 その言葉に振り向くと、カニノロジーがハサミを振りかぶり、二郎達めがけて跳躍していた。
「まとめて、死ね!」
 二郎のこめかみを冷や汗が流れる。
 今から回避することは出来ない。万一、二郎自身が回避できたとしても藤兵ェは助からない。葵のカービン銃によるものであろう、銃撃の音がいやに遠くに感じられる。
 と、何かがカニノロジーの側面に体当たりを仕掛けた。
 カニノロジーの体が吹き飛ばされる。
 同時に、カニノロジーに体当たりを行った人物も勢い良く、床にたたきつけられる。
「雪奈!」
 床に倒れた雪奈に、二郎は叫ぶ。状況から考えるに、体当たりを行ったのは雪奈としか思えない。
 そんな二郎の様子をよそに、雪奈が二郎の元に駆け寄る。
「二郎。大丈夫?」
 そう言う雪奈の左腕は出血していた。アリノロジーの外骨格が破損し、その下の筋肉が露わになっている。カニノロジーに体当たりしたために、自壊したのだ。
 銃撃と爆発の音が響く。
 音が聞こえてきた方向を見ると、頭部を失ったアリノロジー2体が床に倒れていた。
 その近くには、カービン銃を構えた葵の姿がある。状況から推察するに、カニノロジーが跳躍する直前、アリノロジーが二郎達に蟻酸を吐こうとして葵に撃退されたのだろう。
 不意に、右足に何かが押し込まれる。
 見ると、藤兵ェが二郎の右足にエネルギーカートリッジを押し込んでいた。
「二郎、急げ!」
 視線を戻すと、カニノロジーが立ち上がり、腰を落としていた。
 そのまま、カニノロジーが二郎達に向けて跳躍する。
 すかさず、二郎も跳躍。この機を逃せば、カニノロジーを撃破する機会はない。
 とはいえ、この状況で左側腹部に疑似ライダーキックを当てる確率は非常に低い。
 はっきり言えば、ただの当てずっぽうだ。
 二郎はカニノロジーを見据えたまま、右足を突き出す。
 突き出しながら、自分の意識が断ち切られる覚悟をする。
「おおおおおおおおおお!」
 雄叫びをあげた直後、二郎の右足に何かが当たった。 
 直後、二郎は床に転がる。左肩から背中にかけて、激痛が走る。
 体を起こして背後を見ると、カニノロジーもまた、左半身を下にして、床に転がっていた。
 二郎は思わず固唾をのむ。カニノロジーに動きはない。二郎のねらい通り、疑似ライダーキックが致命傷になっていればよい。だが、そうでなければ、カニノロジー1人によって、二郎達は全滅する。
 二郎はカニノロジーを凝視する。
 ふと、カニノロジーの腹部から、赤い液体が流れ出ていた。
 人工血液だ。
 人工血液の流出は止まらず、カニノロジーの周囲全体に広がっていく。改造人間の高い再生能力をもっても用意に止めることの出来ないほどの勢いで、人工血液がカニノロジーの体から流出している。
「雪奈! カニノロジーを投げろ!」
 二郎は叫ぶ。
 同時に、弾かれたように、雪奈がカニノロジーに駆け出す。
 そのまま、カニノロジーの腕をつかみ、
 クリーツとテクジス首領が落下した、横穴へ向けて投擲する。力の反動によって、雪奈の腕や足の付け根から噴出した血液が辺りを赤く染める。
 穴の中で、かすかに赤い光が瞬く。
 数瞬遅れて、爆音が司令室の中に響く。
 カニノロジーが絶命した証だ。
 二郎は安堵の息を吐く。
 と、藤兵ェが葵に付き添われて、二郎の元に駆け寄ってきた。
 周囲を見ると、アリノロジーの姿はない。残りのアリノロジーも、葵が撃退したらしい。
「大丈夫か、二郎?」
「ま、おやっさんよりはね」
 左腕を押さえる藤兵ェに二郎は言う。葵が心配そうに藤兵ェを見つめていた。彼女としては藤兵ェの怪我の手当をしたいのだろう。
 藤兵ェの体を考えれば、その心配は正しい。
 だが、今はそれ以上に時間がない。
「痛いでしょうけど、急ぎましょうや。いくら藤山でも、テクジス首領を相手にするのはキツいでしょう」
「正人や可憐達も、たぶん、大変な目に遭っている」
 二郎と雪奈の言葉に、藤兵ェが頷く
「対消滅砲を阻止している皆も、苦戦しているはずだ」
 そう言うと、藤兵ェは司令室の通信機と思しき機械の操作を始める。
 彼を手伝うべく、雪奈が駆け寄る。
「葵……」
 二郎は葵に声をかける。二郎が戦闘能力の大部分を喪失した今、この集団で戦力の中心になるのは彼女しかいない。
 葵は横穴をのぞいていた。
 いぶかしげな表情で、二郎は葵の元に駆け寄る。
 声をかけようとして、二郎は息をのむ。
 葵の顔には憎しみと不安が入り交じったような表情が張り付いていた。
「藤山さんに死地があるとすれば、それは此処です」
 葵が冷え切った声で言う。
「私たちの家族を……そして、大勢の人をテクジスの士官として殺してきたあの人が最も望まない死。報いとして与えられるべき死は、ここで、テクジスの作戦を阻止できないまま死ぬことなんでしょう」
 言いつつ、葵が横穴に向けて歩く。
 二郎は葵を追う。
 横穴の奥には巨大な穴が空いていた。周囲の構造物から察するにエレベーターシャフトだろう。エレベーター自体は、先ほどのカニノロジーの絶命とともに爆発したと考えてよいはずだ。
 その縁に立って、葵は穴をのぞく。
 黒い瞳が、エレベーターシャフトの漆黒の闇を映し出す。
「でも、そんな死に方は私が許さない」
 葵の言葉が、縦穴の中で反響する。
「必ず勝ってください。改造人間である貴方なら、私の言葉は届いていますよね」
 気づけば、葵の声色は少しだけ優しくなっていた。
 


埼玉県某所
テクジス 阿修羅谷基地 対消滅砲格納庫
14時57分

 輝く脚が、島津正人=仮面ライダークラントの眼前を横切った。カブトノロジーの回し蹴りだ。
 即座にクラントは後退。
 直後、先ほどまでクラントの鳩尾があった空間にカブトノロジーの拳が叩き込まれる。カブトノロジーは回し蹴りを放った直後、クラントの予想を上回る速度で体制を立て直し、拳撃を放ってきたらしい。
 すぐさま、クラントは後方に跳躍。
 直後、カブトノロジーも跳躍してクラントに迫る。
 ……否、一気にクラントとの間合いを詰めてきている。
 クラントは思わず息をのんだ。脚力で勝るはずの自分が、完全に、スピードにおいてカブトノロジーに後れをとっている。
「どうした、仮面ライダー。貴様の実力はそんなものか?」
 舌打ちをするまもなく、クラントは上半身を捻る。
 その勢いで、右の踵をカブトノロジーの鳩尾に当てる。
 だが、積層装甲を破壊する手応えはない。
 同時に、右の踵が熱くなる。
 とっさに、クラントは脚を引っ込め、飛び退く。
 着地をすると、カブトノロジーが悠然と立っていた。莫大なエネルギーを帯びた胸部積層装甲が、周囲に白い光を放っている。
 クラントは自分の右足を確認する。
 積層装甲の破損は無い。
 だが、右足の踵のあたりが赤熱している。カブトノロジーの腹部に攻撃を行った為だ。
 クラントの背後から、悲鳴が聞こえる。悲鳴には子供の声も混ざっている。
 悲鳴に混ざり、爆発の音も聞こえる。
 バルログ・ATOミスクズ残党連合軍の仲間たちと、テクジス親衛隊の戦いの音だ。
 クラントが聞ける限り、戦況は連合軍側が劣勢だ。
 早急にカブトノロジーを撃破し、仲間たちの応援に向かわなければならない。対消滅砲の発射まで、時間がない。
 だが、今のクラントに仲間を助ける余裕はない。モンスナーLを投入できれば突破するすべもあるかもしれない。が、モンスナーLは現在、連合軍の仲間の援護に回している。主力部隊が劣勢である以上、ここでモンスナーLを自分の援護に戻すわけにも行かない。
 ふと、クラントは違和感に気づく。
 カブトノロジーがチャージアップと呼ばれる現象を引き起こしてから、すでにそれなりの時間が経過している。
 それは、装甲が白熱するほどのエネルギーを胸部装甲に集中させた状態が長く持続していることと同義でもある。
 通常、それほどのエネルギーを一点に集中させた場合、いかにテクジス製の積層装甲といえども大きな損傷を受ける。クリーツやクラントがライトニングライダーキックを使えば、その時点でエネルギーを集中させた側の脚部積層装甲はボロボロになる。改修型のモンスナーがモンスナーアタックを行うために電磁装甲を最大出力で稼働させた際に、積層装甲が崩壊寸前になるのも同様の理屈だ。
 だと言うのに、カブトノロジーの積層装甲には、外的な損傷は見受けられない。戦闘開始時点と変わらぬ、万全の状態を保っている。
 と、不意にカブトノロジーが足を止め、頭を押さえる。
 クラントはすかさず突進。カブトノロジーの側腹部に拳を打ち込むためだ。見たところ、側腹部や大腿部などの装甲は白く輝いていない。すなわち、エネルギーを集中させていない可能性が高い。そうした部位であれば、通常通り、クラントでも有効打を与えることが出来るはずだ。
 と、カブトノロジーが後方に跳躍。
 クラントの拳が宙を切る。
 着地と同時に、頭を押さえたままカブトノロジーがクラントをにらむ。
 クラントがカブトノロジーを無視して仲間に援護に向かうことは出来ない。
 が、カブトノロジーにもとっさの反撃を行うだけの余裕がない。致命傷になる攻撃を一切受けていないにも関わらず、だ。
「まさか、体に異常が出るほどに、再生能力を高めているのか?」
「思った以上に……眼は良いようだな」
 頭部を押さえたまま、カブトノロジーが応える。
 テクジスの改造人間は、通常の人間を遙かに上回る再生能力を持っている。体の各部に成長因子を投与する器官を増設することで、通常では再生しないはずの神経細胞の再生すらも可能にしている。だが、それにも限度がある。その再生能力が、生物としてのバランスを崩すレベルで発現した場合、身体に異常が起こる。
 現在、チャージアップを使用するために極限まで高めた再生能力が暴走し、カブトノロジーの体に異変が起こっているのだろう。
「異常増殖した各種細胞の所為で、1ヶ月もすればまともな形を保つことも困難になるらしい」
 言いつつ、カブトノロジーが腰を落とす。
「だが、親衛隊の名に賭けておまえ達を撃退し、この世界改造計画だけは成功させてみせる!」
 カブトノロジーが徒手格闘術の構えをとった。全身が激痛にさいなまれているはずだが、その気迫にはいささかの衰えも見受けられない。
「奇遇だな」
 クラントもまた、構えをとる。
「俺もお前達のやることを成功させるわけには行かないんだ」
 脳裏に、自分が別の者に変わることを恐れていた恵瑠の姿が想起される。頭脳を抜き取られた水生哺乳類の改造人間達の死骸が想起される。自分を信じ、先に進んだクリーツ達の姿が想起される。そして、背後には現実に戦い続けている仲間がいる。
<テクジスに所属している皆、ワシの声が届いているだろうか>
 ふと、格納庫の中に声が響く。
 クラントにとって聞き覚えがある男の、大森藤兵ェの者だ。
<儂は……君たちとは違う世界を見てきた者だ。少しだけで良い。君たちの時間を貸して欲しい>
 戦いの中で、幾人かの連合軍の面々が歓声を上げる。この阿修羅谷基地攻略の、第一目標が達成された証で有ることを思えば、当然の反応だった。
<君たち、テクジスはより良い世界を作りたいと思って戦っているのだろう。君たちの首領から、儂はそう聞いた>
 藤兵ェが穏やかな声で言う。
 と、カブトノロジーがひざを曲げる。
 とっさに、クラントは天井に向けて跳躍。
 同時に、右足にエネルギーを集中。
「ライダーキック!」
 エネルギーを集中させた右足を、カブトノロジーに叩き込む。
 反動で距離をとりつつ着地。
 同時のタイミングで、カブトノロジーが着地。装甲に損傷はない。体に帯びたエネルギーが、クラントのライダーキックの破壊力を相殺したのだろう。
「これから、俺たちの仲間が良い話をしようとしているんだ。邪魔をするな」
 クラントの言葉に、カブトノロジーが舌打ちで答える。おそらく、通信機を破壊するなりして藤兵ェの演説を止めようとしたのだろう。
 だが、邪魔はさせない。
 仮に邪魔をしたとしても、脳波通信対応の通信機が、司令室の能力が許す限りではあるが、戦闘形態をとっている改造人間の頭脳に、直接、藤兵ェの言葉を届けるはずだ。
<君たちの世界を良くしようと言う気持ちに、嘘はないはずだ>
 藤兵ェの、穏やかな言葉が続く。
<その君たちの良心を信じるからこそ、見せたい物がある。手が空いているなら……いや、出来れば仕事をしながらでも、近くのモニターを見て欲しい>
 ふと、格納庫の片隅にあるモニターに光がともる。
 そのモニターに映し出された光景を、クラントは改めて凝視する。
 モニターに映し出されたのは、対消滅砲によって廃墟となった広川市の風景だった。クラントが、仮面ライダークリーツ=藤山隆の指示で撮影した写真だ。
<これは、君たちの攻撃によって壊滅した町の姿だ>
 藤兵ェの声が続く。微かに、その声色が厳しくなっていた。
 映像が切り替わる。
 犠牲者の遺骸の写真だ。比較的被害の少ない建物に侵入して撮影した事を思い出す。
 写真が次々に切り替わる。
 高層建築物が吹き飛び、更地のようになった中心部の光景が映し出される。
 炎に焼かれ、黒こげになった車が映し出される。
 その中に取り残されていた、親子4人の焼死体が映し出される。
<君たちは自分の良心に基づいて、テクジスで戦うことを決めたはずだ。だからこそ、この光景を見て考えて欲しい。君たちがやっていることは、自分自身に誇れるのか。今の自分だけじゃない、テクジスに所属することを決めたときの自分に、正しいことを考えようとしていた自分に、だ>
「小賢しいことを!」
 叫びと共に、カブトノロジーがクラントに向けて突進する。
 クラントは腰を落としその場にとどまる。
 一拍おいて、突進、右の拳撃をカブトノロジーの顔面に向けて放つ。
 クラントの拳がカブトノロジーの顔面に叩き込まれる。
 反動で、カブトノロジーの体が後方に流れる。
 エネルギーの集中が不十分だったために、装甲を破壊されるまでには至っていない。
 だが、攻撃を読み、反撃を行うことは出来た。
 カブトノロジーが動揺している証だ。
<もし、誇ることが出来ないと言うのなら、それは君の良心が悲鳴を上げているからだと、儂は思う。だから、良心が悲鳴を上げる元気があるうちに立ち上がって欲しい。ほかの誰でもない、君たちが自分に誇れる存在にあるために>
 対消滅砲格納庫の中に、藤兵ェの声が高らかに響いていた。



埼玉県某所
テクジス 阿修羅谷基地最奥部
14時57分

<ほかの誰でもない、君たちが自分に誇れる存在にあるために>
「わざわざ、大森藤兵ェをつれてきた理由はこれか」
 クリーツと対峙をしたまま、テクジス首領がつぶやく。
 周囲には、藤兵ェの演説が響いている。首領が作戦司令部として使うつもりだった、阿修羅谷基地の通信設備によって、全世界のテクジスに届けられているはずだ。
「こんな言葉で、テクジスを崩壊させることが出来ると本気で思っているのか?」
「できる!」
 肩で息をしながら、クリーツはつぶやく。周囲の床には、陥没痕や穴が出来ている。皆、テクジス首領の攻撃で作られたものだ。
<夢を見ているようだな>
 テクジス首領が、あざけるように言う。
「こんな言葉で裏切るような惰弱な連中を裏切らせたところで、何かが出来ると思っているのか?」
「その惰弱な脱走者一人のために、この基地の奥に隠していた自分の本体を見られたのは、どこの誰だったかな?」
 クリーツの言葉に、テクジス首領の体が顎を引く。
「組織の中枢部を壊滅させ、この作戦を阻止するには十分だ」
「戯言を」
 言葉と共に、テクジス首領が腰を落とす。
 とっさに、クリーツは飛び退く。
 床の構造材が、周囲にばら巻かれる。
 先ほどまで、クリーツが立っていた地点に、テクジス首領が拳を床に突き立てていた。
 即座に、姿勢制御用バーニアを右側に向けて噴射。
 同時に、首領がクリーツのすぐ脇を通り過ぎていく。
 テクジス首領の移動で巻き起こった暴風が、空中でクリーツの体をもてあそぶ。
 勘を頼りに回避行動を行いつつ、クリーツは舌打ちをする。分かっていた事ではあるが、テクジス首領と自分との能力の差は愕然としている。攻撃を当てて、効果のある箇所は存在する。だが、そうした場所に攻撃を当てることは困難だ。その機会を待つために、勘を頼りにした回避行動を続けているが、それとて、いつまでもつか分かったものではない。
 不意に、室内に警報が轟く。
「何だ?」
 テクジス首領が攻撃の手を止めて、叫ぶ。
<反乱が起こっています。多くの基地で、一斉に反乱が起きました>
 その報告と共に、室内にある多くのモニターに映像が映る。
 テクジスの各方面軍の戦況を示した、戦況分析用のモニターだ。
 モニターに表示された各基地の所在を示す光点の色が、通常の緑から異常発生を示す赤へ変わっている。
 それも、一カ所だけではない。
 世界中の方面軍の本部の表示が、
 地方の基地の表示が、
 世界中の基地の表示が赤く染まっている。
 クリーツの口から安堵の息が漏れる。やはり、かつての自分たちだけではなかった。切っ掛けがないだけで、テクジスが大量殺人を行っている事実に直面したときに、所属していた組織に反旗を翻す者は大勢いた。
 阿修羅谷基地の近辺の基地でも反乱が発生している。可憐やオライオンを、基地の守備隊とともに挟み撃ちにするための部隊も、当面は行動不能になるだろう。
「狼狽えるな」
 テクジス首領の落ち着き払った声が響く。
「反乱を起こした者は決して多くはない。予備兵力を回し、さっさと連中をすりつぶしてしまえ」
 それだけ言って、テクジス首領がクリーツに向き直り、悠然と構えをとる。
 クリーツもまた、構えたままテクジス首領に対峙する。
「それで、こんな事でテクジスを潰せると思っていたのかね?」
 落ち着いた声のまま、テクジス首領が問う。声だけではない。その体にも、無駄な力は入っていない。
「他の方面軍で起こった反乱も、じきに鎮圧される」
「その前に、貴様を殺す。数分でも指揮系統を混乱させることが出来れば、作戦の阻止は可能だ」
「そして、テクジスは次席の指揮官を新たな首領として、改めて次の攻撃を始める」
 クリーツは思わず奥歯をかみしめる。テクジス首領の言葉は事実だ。ここで、テクジス首領を倒したところで組織の壊滅には直結しない。そもそも、反乱が鎮圧されるまでにテクジス首領を撃破できる可能性自体が低い。
 それでも、クリーツは強く拳を握り、顎を引く。反乱の帰趨がどうなろうと、クリーツの役割は変わらない。テクジス首領を一秒でも長く引きつけ、可能ならば撃破する。
 右腕にエネルギーを集中させ、テクジス首領に向けて跳躍。
「ライダーパンチ!」
 クリーツが叫んだ直後、クリーツの拳が床に叩き込まれる。
 堅い感触が、クリーツの右腕に伝わってくる。
 床には罅一つ入っていない。拳が床に当たるときに、火花が散っただけだ。
 直後、クリーツはその場から飛び退く。
 先ほどまで、クリーツがいた地点に、テクジス首領が右足を輝かせたまま飛び込んでくる。
 クリーツのライダーパンチでは破壊することすら出来なかった床が、テクジス首領の脚力で粉砕される。
 構造材をまき散らしながら、テクジス首領の右足が床に吸い込まれていく。
 クリーツは思わず息をのむ。
 その直後には、テクジス首領がクリーツの眼前に迫っていた。
 姿勢制御用バーニアを前方に向けようとして……
 その暇を与えず、テクジス首領の右腕がクリーツの頭部をつかんだ。
 頭部が悲鳴を上げる。積層装甲が、その下の人工筋肉が、そして、さらにその下の人工の頭蓋骨が悲鳴を上げる。こめかみのあたりの積層装甲が砕け、その下にある人工筋肉にテクジス首領の指が食い込む。
「ぐああああああああ」
 クリーツは思わず悲鳴を上げる。
 テクジス首領の指が、いっそう食い込む。
 クリーツの体から、息が一気に絞り出されていく。テクジス首領が力を込める度、自分の体から悲鳴を上げる気力すら失われていく。
「ほぅ。ちょうど良い」
 テクジス首領が何かをつぶやき、クリーツの体を引き摺る。
「折角だ。君たちの浅知恵が失敗する光景を見せてやろう」
 テクジス首領が、クリーツの頭部をつかみ直す。
 今度は、後頭部の積層装甲に穴が空き、テクジス首領の指が食い込む。
 テクジス首領に後頭部を掴まれたまま、クリーツは顔面をモニターに押しつけられる。
 先ほど、反乱の勃発を確認した戦況確認用のモニターだ。
 テクジスの基地を示す光点のいくつかが、すでに緑色に戻っている。反乱が鎮圧され、異常なしと判断された証だ
 クリーツが息をのんでいる間にも、いくつかの光点が緑色に戻っていく。
 緑色の光点が示す割合が、徐々に多くなっていく。
 反乱が勃発し、光点が赤くなってからそれほど時間が経過したわけではない。
 そのわずかの間に、戦局はテクジスの側に再び傾いていた。
「これが現実だ」
 テクジス首領が平坦な声で言う。
「ちっぽけな良心に突き動かされるだけの馬鹿者共に、組織を倒せるものか」
 その言葉にクリーツは呻き、歯噛みをする
 テクジス首領の言葉に同意したわけではない。
 だが、テクジス首領の言葉が正しいと、戦況が証明しているように思えてならなかった。
「さぁ、対消滅砲の第2射はもうじきだ。次の攻撃で観測バランスは大きく変わるぞ」
 テクジス首領の声色が変わった。
 その声は、高揚感に満たされていた。



埼玉県某所
テクジス 阿修羅谷基地 近辺
14時59分

「ちょっと、正人達の攻撃、まだ上手くいかないの?」
 叫びつつ、可憐は手にした拳銃を発砲する。
 直後、アリノロジーの腕が吹き飛ぶ。
 可憐はとっさに横に飛び退く。
 着地と同時に脚がもつれ、そのまま地面に倒れ込んだ。胴体を狙ったはずの拳銃の狙いをはずし、あげく、回避行動もとれない。
 自分の疲労を自覚しないわけにはいかない。
 顔を上げると、アリノロジーがこちら顔を向けていた。
 と、自分の体が誰かに引っ張られる。腕は黒い体毛で被われている。
 自分を引っ張り上げた存在に体を預けつつ、可憐は拳銃を2発発砲。
 一発は、狙い通りアリノロジーの胴体に命中。
 もう一発ははずれた。どこに着弾したかは確認していないが、アリノロジーの体表や近辺で爆発が起こっていない上、完璧にはずしたのだろう。
 反撃を察知したのか、自分を抱え上げている存在が跳躍する。
 首を回し、背後を見るとオライオン……もとい、アックスコンガーが可憐を抱き抱えていた。
「迷惑かけるわね」
 可憐は言う。普段と比べて、いやに弱々しい声しかでない。
「頑張りたまえ。もうじき、対消滅砲の破壊に成功するはずだ」
 そう言いながら、オライオンの脚が地面につく。
 可憐は気力を振り絞り、自分の脚で地面に立ち、弾倉を交換する。オライオンの言葉の根拠は分からない。戦闘前のように、直感で発言をしているのかもしれない。あるいは、彼なりに判断の材料があるのかもしれない。が、どちらにせよあきらめたら生き延びる目はなくなる。
「ま、向こうが失敗しても、世界が変革されていなければ私たちの勝ちだし」
 無理に笑顔を作りながら、可憐は嘯く。現実問題、勝てる要素が一つもなくとも、絶望して良いことが起こることはない。父に反対されながら続けていた運動で、可憐が学んだ人生訓の一つだ。
「そう言うことだ」
 オライオンの声を聞きつつ、再び戦闘に参加しようとしたとき。
「オライオン・パックス、油断したな!」
 背後で声が聞こえた。
 同時に、オライオンが可憐に被い被さる。
 俺異音の背中の向こう側に、ヤドカリノロジーが何やら漏斗のような物体をこちらに向けている姿があった。
 直後、周囲が赤い炎と高熱で包まれた。おそらく、ヤドカリノロジーが使用したものだろう。
 視界が揺らめく。
 息をするだけで、のどがやけそうになる。
 汗までが蒸発しているような気がする。
「くっ……」
 オライオンの口から、苦悶の声が漏れる。
 背中が暑い。アスファルトが熱された鉄板の様に思える。
 服から赤い炎があがる。
 可憐の口からも悲鳴が漏れる。
「私のこと、かばわないで良いから」
 口を開ける度、喉と舌に襲いかかる痛みに耐えつつ、可憐は伝える。
 このままでは、二人とも焼け死ぬ。こうなった以上、オライオンだけでも戦闘を行ってもらうしかない。
 涙が流れる。正直に言えば、死ぬのは怖い。今だって、受け入れることなど出来ていない。
 それでも、このままオライオンと共倒れになる事は悪手だと考えることが出来る理性が残されていた。
「そうはいかん」
 オライオンが静かな声で言う。
 可憐はそれに反論する余裕はない。
 炎の勢いが強くなる。
 自分の体を包む炎の勢いが激しくなる。
 自分は死ぬ。
 そのことを強く意識した直後。

 可憐の体は宙を飛んでいた。
 体に当たる、冷たい風が心地よい。
 自分の遙か下では、ヤドカリノロジーの火炎放射が地面を焼き続けている。
 炎の中に、自分の姿は既に存在していない。
 バルログと旧ATO・ミスクズの連合軍が戦っている様も見える。数はだいぶ減っている。戦況は劣勢と言うほか無い。それでも、戦いをあきらめている物はいないように見える。
 自分は死んだのだ。
 可憐は漠然とそう思う。臨死体験をした者は時折、自分は魂だけの状態となり体を見下ろしていたという証言をするらしいが、どうやら、それは本当だったらしい。
 感慨に耽っている間に、可憐の体が浮遊感に包まれる。
 同時に、可憐の体が落下を始めた。
 体をたたく風が強く、冷たくなる。
 不意に、可憐は気づく。
 自分は生きている。オライオンと共に炎に焼かれようとしていたが、何者かに救助されたらしい。
 腹部に、締め付けられているような圧迫感があった。
 誰かが可憐の体を抱えている。
 可憐が目を大きく見開くと同時に、着地。
 可憐は地面に投げ出される。
 すぐ脇に、黒い物体が投げ出された。
 オライオンだ。可憐と共に救助されたのだろう。
 地面に投げ出された可憐は顔を上げる。
 白く輝くバイクが目に入った。
 藤山隆か島津正人が救援に駆けつけたのだろうか。
 そう思いつつ、目を凝らす。
 次第に、視界が鮮明になってくる。
 そして、可憐は目を大きく見開く。
 白いバイクには、戦闘機で言う前進翼に似た部品が存在していた。モンスナーやモンスナーLには存在しない部品だ。
 可憐は体を起こし、自分とオライオンを助け出した改造人間をみる。
 胴体と前腕部、そして、膝から下が銀色の装甲で被われている。
 大腿部と上腕部は赤い生体部品で被われている。
 頭部もまた赤い生体部品で被われている。だが、構造材が金属なのか外骨格なのかは判別がつかない。
 そして眼窩の辺りには一対の緑色の複眼が輝いていた。
 可憐が初めて眼にする改造人間だ。
 バルログの仲間ではない。
 ATO・ミスクズ同盟の残党でもない。
 そして、テクジスでもない。
 この場にいるすべての者の視線が、可憐とオライオンを救った赤い乱入者に向けられていた。
「こいつらの基地で内乱が起こっているのは、お前たちの仕業か?」
 赤い改造人間が、ヤドカリノロジーを向いたまま問う。
「そうだとしたら?」
「おかげで、ここまで楽にこられた。礼を言う」
 言いつつ、赤い乱入者がテクジスの部隊に向き直る。
「何者だ、貴様!」
 激高するヤドカリノロジーに対し、赤い乱入者は腰を落としつつ答える。
「仮面ライダーZX!」
「仮面……ライダー?」
「ゼクロス?」
 オライオンと可憐が呟く。
 大森藤兵ェが語る、かつて秘密結社と戦っていた戦士の名前。
 バルログの中でも、藤山隆と島津正人だけが使用してきた名前。
 その名前を、目の前の乱入者が名乗っていた。
「行くぞ」
 そう言うと、赤い乱入者……仮面ライダーZXは、テクジスに所属する改造人間に向けて襲いかかった。



埼玉県某所
テクジス 阿修羅谷基地 最奥部
14時59分

「そろそろ、楽にしてやろう」
 その言葉とともに、クリーツの後頭部にかかる圧力が増した。
 クリーツの後頭部をこのまま握りつぶすつもりなのだろう。
 と、不意に、クリーツの体がテクジス首領から解放される。
 とっさに、地面を転がって間合いを取りつつ、視線をテクジス首領の体へと向ける。
 テクジス首領が呆然とした様子で立ち尽くしていた。
 クリーツはおそるおそる立ち上がり、周囲にある、テクジス首領が見ている物とは別のモニターをみる。
 緑色に戻ったはずの基地の表示が、再び赤く染まっていた。
「何があった? 反乱は鎮圧したのではないのか!」
<それが、方面軍の中枢部に攻撃を受けていまして>
「ATO・ミスクズ同盟の特殊部隊か?」
<か……か……>
 通信機から、緊張しきった声が響く。
 そして、
<仮面ライダーです!>
 悲鳴混じりに、通信機が答える。
 直後、モニターに各方面軍の中枢部の映像が映し出される。
 そこには、テクジスと戦う改造人間の姿があった。
 テクジスと同系統の技術で改造されたであろう者もいる。
 テクジスの技術体系からはずれた技術で改造されたと思しき者もいる。
 すでに、いくつかの方面軍の対消滅砲は彼らによって破壊されている。
<……あれは、RX!>
<クライシスとの戦いの後、行方不明になっていたんじゃないのか?>
 不意に、北米方面軍からの報告に、クリーツの目は吸い寄せられる。
 北米方面軍からの送られてきた映像の中には、テクジスとは別の技術で改造されたと思しき改造人間の姿があった。
 通信内容から察するに、以前、コンドルノロジーが語っていたクライシス帝国と戦った仮面ライダーだろう。何故か、記録映像でみたゴルゴムの怪人と似ているように思える。
「何故、奴らの進入に気づかなかった」
<それが、反乱の鎮圧のために警備が手薄になっており……>
 テクジス首領が通信を行っている間にも、各方面軍の基地から被害報告が次々とあがってくる。
 モニターの中で、各地の対消滅砲が破壊されていく。世界各地で攻撃を行っている仮面ライダーの手により、テクジスの切り札が消えていく。
 藤兵ェやコンドルノロジーとの会話が思い起こされる。
 世界の平和を守る仮面ライダー。
 彼らは本当にいた。
 そして、己の良心に従い、立ち上がった人々の力が及ばなかったとき、彼らは再び現れた。
 モニターに表示された、基地の名前が赤く染まる。
 再び、各基地で反乱が起こった証だ。仮面ライダーの登場により、藤兵ェの言葉で動かなかった良心が動いたのか、作戦の要を失ったことで単純にテクジスを見限っただけか。或いは、反乱側が勢力を盛り返したのか。モニターの映像だけで、クリーツが状況を把握することは出来ない。だが、一つだけ確実なことがあった。
「これで終わりだな、テクジス首領」
 戦況各認用のモニターから顔を離しつつ、クリーツは呟く。
「テクジスという組織は、な」
 首領がクリーツに背を向けたまま言う。
「だが、世界の改造はまだ終わらない。このテクジスという組織が壊滅しても、新たな組織を作り上げ、必ず世界の改造を成し遂げてみせる」
「そんなことは俺がさせない」
 その言葉に、テクジス首領がクリーツに顔を向ける。
 クリーツはテクジス首領の背後にあるモニターに視線を移す。モニターの中には、世界各地で仮面ライダーと呼ばれる改造人間たちが戦いを続けている様が映し出されている。
 テクジスに対して反乱を起こした勢力はあまりに少数で、無力だった。
 だが、彼らが見せた勇気に、仮面ライダーは確かに応えた。反乱による混乱に乗じて中枢に潜入し、反乱者に欠けていた力を補った。
 そして、クリーツもまた「仮面ライダー」を名乗る存在だった。
 ならば、自分も、反乱を起こした者たちの勇気に、そして、仮面ライダーを名乗る先人たちの行いに応えなければならない。
 バルログの仲間の奮闘に応えるためにも。
 テクジスの反乱軍が見せた勇気に応えるためにも。
「テクジス首領。お前を倒し、世界を改造しようとする作戦が実行される可能性を完全につぶす。この世界を守り続けてきた、仮面ライダーの名に賭けて!」



埼玉県某所
テクジス 阿修羅谷基地 対消滅砲格納庫
14時59分

 クリーツがテクジス首領に対して宣言を行ったちょうどそのころ。
 対消滅砲の格納庫には大森藤兵ェの声が響いている。どうやら、世界各地で消滅砲台が破壊されつつある。それに呼応するかのように反乱が頻発している。そんな戦況が、逐一知らされてくる。
 カブトノロジーと戦いながら、クラントは親衛隊と仲間たちとの戦闘の様子に視線を移す。
 遠目でみる限り、味方陣営……すなわち、バルログとATO・ミスクズ同盟残党の連合軍の方が優勢のように見えた。
 一方、テクジス親衛隊側は動きに精彩を欠いている。エイノロジーの電撃など、攻撃の頻度も命中率も低下している。本人の体力が限界に来ているだけではあるまい。寧ろ、精神的な同様の方が大きいとクラントは推測している。脳波通信で送られてくる情報を受け取った結果、藤兵ェの放送が事実だと確認できているのかもしれない。
「どうした、まだやるか?」
 言いつつ、クラントはカブトノロジーに身構える。
「まだ、全てが終わったわけではない!」
 言いつつ、カブトノロジーがクラントに向けて突進してくる。この場でクラントを……否、バルログとATO・ミスクズ同盟の残党を撃破し、首領とともに落ち延びるつもりなのだろう。
 その考えがどのような理由で出てきたのか、クラントは正確には認識出来ない。テクジスという組織に対する忠誠心故かもしれない。世界改造計画が彼自身の夢でもあったから、かもしれない。他に生き方が分からないから出てきた言葉なのかもしれない。これらの理由が複雑に絡まり合っているのかもしれない。
 だが、何にせよクラントが行うことは決まっている。カブトノロジーが戦闘をあきらめるつもりが無い以上、彼を撃破して、当初の予定通り対消滅砲も破壊する。それだけだ。
「エル! こっちを手伝ってくれ。一気に勝負をつける!」
「ほざけ!」
 その言葉を合図にしたかのように、クラントとカブトノロジーが同時に間合いを詰める。
 直後、クラントの頭部に激痛が走り、視界が暗転する。視界の中で、星が瞬いている。
 そのまま、クラントは直感を頼りに姿勢制御用バーニアを後方に向けて噴射。
 前方に、右腕で肘うちを放つ。
 堅い衝撃が伝わってくる。
 同時に、右肘が焼けるように暑くなる。
 即座に後方に飛び退く。そのころになって、ようやっと、クラントの視界が正常に戻った。右の視界が赤く染まっている。カブトノロジーの拳撃を受けたため、頭部から大量の人工血液が流れ出ているのだろう。
 右肘を確認すると、右肘を被っている積層装甲が焼けただれていた。
 一方、カブトノロジーの胸部装甲には傷一つついていない。悠然と、白い輝きを放っている。
 やはり、クラントには現在のカブトノロジーの装甲を突破するほどの攻撃力は無い。戦いから時間が経過し、カブトノロジーの再生能力も限界を超えたと思っていたが、当てが外れた。
 正面からの攻撃で、クラントがカブトノロジーを撃破することは不可能だ。
 不意に爆発が起こる。味方の歓声が聞こえることから察するに、親衛隊の改造人間を撃破したのだろう。
 一方、対消滅砲の駆動音は収まっていない。発射直前と言うこともあり、迂闊に攻撃することもためらわれるのだろう。
 不意に、クラントは気づく。そう、対消滅砲は発車直前だ。
「エル。対消滅砲には莫大なエネルギーが充電されている。間違いないか?」
<肯定です。対消滅砲内部には、カブトノロジー以上のエネルギー反応が関知されています>
 モンスナーLのメインコンピュータ、エルの言葉にクラントは頷く。エルの観測通りなら、カブトノロジーを撃破することは可能だ。
「皆、ありがとう」
 カブトノロジーから目を離さないまま、クラントは言う。
 そのクラントを見越してかカブトノロジーが飛びかかってくる。
 カブトノロジーが両腕を突き出し、
 クラントは両腕でカブトノロジーの前腕部をつかむ。
 カブトノロジーの掌から杭が延びてクラントの肩部装甲を削る。
 杭は肩部装甲表面をわずかに削っただけで止まっている。
 クラントの両腕から煙が上がった。両腕の手のひらが焼けるように熱い。
 同時に、杭がふれているだけの肩部装甲からも高熱がおそう。
「後は、俺に任せろ」
 苦痛に耐えながらクラントは言う。
「しかし……」
「急げ!」
 クラントの叫び声に、弾かれたようにバルログ、ATO・ミスクズ同盟残党たちが走り出す。
 倒れていたTRCSの車体を起こし、パートナーを乗せて一目散に格納庫から退去していく。
 同時に、カブトノロジーの首にロープが巻き付く。
 モンスナーLのウィンチから射出されたものだろう。脳波通信で司令を送ったわけではない。クラントの体が限界だと判断したエルによる自主的な判断だろう。
 とっさに、クラントは両腕を離すと同時に、左足でカブトノロジーの鳩尾に蹴撃を見舞う。
 同時に、エルがカブトノロジーの首にロープをかけたまま後退。
 クラントとカブトノロジーとの間合いが一気に離れる。
「大森さん!」
 クラントは基地の司令部にいるはずの大森藤兵ェに向けて脳波通信を送る。
「これから、対消滅砲を破壊します。爆発が起こったら、すぐに脱出を初めてください」
<分かった!>
 基地のスピーカーを通じて、藤兵ェの力強い声が応える。
 直後、モンスナーLのロープが炎に包まれた。カブトノロジーが莫大なエネルギーを集中させた腕で、モンスナーLのロープを焼き切ったのだろう。
 もはや猶予はない。
 クラントは対消滅砲に向けて突進する。対消滅砲をクラントが単身で破壊することは十分に可能だ。
 背後で、カブトノロジーが地面を蹴る音が響く。クラントによる対消滅砲への攻撃を阻止するつもりだろう。
 クラントは疾走を止めない。前だけを向いて、走り続ける。エルへの指示は考えない。必ず、最良の行動をとってくれるはずだ。
 触角を通じて、空気の流れが背後からカブトノロジーが接近していることを知らせている。
 その距離は、急激な勢いで縮まっている。通常ならば、クラントがカブトノロジーを振り切ることは容易だ。だが、チャージアップによって、現在のカブトノロジーはクラント……すなわち、バッタノロジー以上のスピードを手に入れている。
 背中に、カブトノロジーの熱が伝わってくる。これ以上近づかれれば、回避は不可能だろう。
 クラントはすかさず跳躍。
 直後、自分の足下を白い輝きが通り過ぎていった。
 カブトノロジーだ。莫大なエネルギーを集中させているであろう角が白く輝き、周囲をまばゆく照らしている。
 カブトノロジーの背中が割れ……
 同時に、爆発が起こった。
 エルの援護射撃だ。クラントに突進を回避されたカブトノロジーが、翅を使って軌道を変更し、再度の追撃を行おうとした。その動きを、エルは読んでいたのだろう。そして、カブトノロジーが方向転換しようとする隙を見越して、その翅を打ち抜いた。
 これで、カブトノロジーの機動力は著しく低下した。
 その上、翅を打ち抜かれた衝撃でバランスを崩している。
 クラントは姿勢制御用バーニア2基を後方に向けて噴射。
 同時に、右足にエネルギーを集中させる。
「ライダーキック!」
 クラントの右足が翅の付け根に……カブトノロジーのエネルギーが集中していない箇所に突き刺さる。
 カブトノロジーの肉がえぐれる。
 クラントに蹴り飛ばされた勢いそのままに、カブトノロジーの体が対消滅砲に向けて吹き飛ばされていく。
 対消滅砲にカブトノロジーが吸い込まれて行き、
 エネルギーを集中させた角が外装を突き破り……
 対消滅砲で爆発が起こった。
 発射直前であったために、蓄積していたエネルギーが暴走を起こしたのだろう。
 同時に、カブトノロジーの体が炎に飲み込まれる。いかに疑似的な電磁式装甲を備えていたとしても、それ以上のエネルギーを受ければひとたまりもあるまい。
 クラントが着地。
 同時に、モンスナーLがクラントの傍らに滑り込んでくる。
 すぐさま、クラントはモンスナーLに跨がり急旋回。
 出口へ向けて加速する。
 背後で、爆発の音が響く。
 何度も爆発が起こり、そのたびに熱波がクラントの背後から追いかけてくる。
「大森さん!」
 クラントは基地の司令部にいるはずの藤兵ェに通信を送る。
<儂等は大丈夫だ>
 モンスナーLのコンソールから、藤兵ェの声が響く。
<儂等も上手く逃げるから、君はそのまま、ほかのみんなを連れて脱出してくれ>
「了解!」
 それだけ言って、クラントはモンスナーLの速度を上げる。
 かつて、要人を護衛して訪れた基地が、自分の攻撃で致命傷を受けて炎に包まれていく。
 その光景を赤い複眼に焼き付けながら、クラントは疾走する。
<具申します>
 不意に、エルから通信が入る。
<撤退前に、機動部隊の格納庫に立ち寄ることを提案いたします>
「格納庫?」
 言いつつ、クラントはエルの提案について考える。進言の意図は分かる。仲間達の多くは先行して脱出している。大森藤兵ェをはじめとする、司令室に向かって面々ももうじき脱出するはずだ。一方で、脱出に時間がかかる者が一人いる。
<目的に合致していると思われるマシンを発見できた場合、当AIはそのマシンの遠隔操作に専念します>
 エルが自分の行動について説明する。クラントの推測通りの答えだ。
「よし、やるか」
 コンソールをなでつつ、クラントは穏やかな声で応える。
 エルの思惑通りに行くかは分からない。如何にエルとは言え、フォーマットまでを遠隔操作で行う機能は搭載していない。他の使用者がすでに決まっているマシンがある場合、遠隔操作を行うには使用者の承認が必要となる。格納庫に、フォーマット未了のマシンがない場合、クラントの脱出が遅れるだけで終わる。
 それでも、エルの提案には乗るだけの価値があるようにクラントは思えた。



埼玉県某所
テクジス 阿修羅谷基地 最奥部
14時59分

 テクジス阿修羅谷基地の最奥部を強い揺れがおそっている。
 強大な戦闘力を誇るはずの首領も、足を止め周囲を見渡している。
「やってくれたか、島津」
 その様をみながら、クリーツは呟いた。
 島津正人達が対消滅砲の破壊に成功した。この爆発は、発射直前の対消滅砲が破壊されたことによるエネルギーの暴走によって引き起こされたものだろう。
 後は、自分が仕上げを行うだけだ。
 クリーツは右腕にエネルギーを集中させ、テクジス首領に突進する。
「ライダーパンチ!」
 クリーツの拳が、テクジス首領の胸部装甲をたたく。
 鳩尾を狙ったはずだが、クリーツの攻撃に気づいた首領がすかさず、胸部装甲で受け止めたのだろう。
 テクジス首領の装甲には傷一つついていない。
 テクジス首領のLVSが輝く。
 首領の体から放たれた光が、クリーツの装甲を赤く染め上げる。
 クリーツは後退。同時に、エネルギーを両腕に集める。
 先ほどまで、クリーツがいた地点をテクジス首領の拳が打ち抜く。拳圧が暴風となって、室内を吹き荒れる。
 暴風に抗いつつ、クリーツは着地。
 顔を上げるとテクジス首領が左腕を振りかざしクリーツの眼前に迫っていた。
 すぐさま、クリーツは跳躍。
「ライダー逆風キック!」
 テクジス首領の肩を蹴りつつ、その背後へと向かう。
 クリーツは空中で手足を振って180度回転し、テクジス首領の様子をうかがう。
 テクジス首領はすでに、クリーツに向けて跳躍し、眼前に迫りつつあった。先ほどの逆風キックでは、完全にバランスを崩すことができなかったという事だろう。
 右腕の拳を握り、クリーツに向けて一直線に飛んできている。
「ライダー掌底!」
 クリーツは自分の胸部とテクジス首領の拳を一直線に結ぶ空間に、両手で掌底を繰り出す。
 直後、クリーツの体が後方にはじき飛んだ。
 両腕の感覚がない。
 見ると、両腕の積層装甲が砕け、クリーツの人工筋肉に食い込んでいた。装甲が食い込んだ箇所から人工血液が流れ、クリーツが吹き飛んだ軌跡を赤く染めている。
 テクジス首領はすでに着地していた。その装甲に損傷はない。クリーツの装甲を破壊する一撃を放った後、その反動で地上へ戻ったのだろう。
 クリーツは左足に全てのエネルギーを集中させる。
 緑色の光が、阿修羅谷基地の最奥部を照らす。
「吹き飛ばされた勢い、使わせてもらうぞ!」
 そう言うと姿勢制御用バーニアを噴射し、足先が進行方向になるよう姿勢を調整する。
 クリーツの進行方向の先には円筒形の装甲が……テクジス首領の頭脳が納められているケースがあった。
 ケースとクリーツとの距離が、縮まっていく。テクジス首領に吹き飛ばされたため、現在のクリーツは独力では得ることができない運動エネルギーを得ていた。この勢いと、クリーツの動力炉のエネルギーを合わせれば、クリーツの技は通常以上の破壊力を発揮できる。
「ライトニングライダーキック!」
 クリーツは左足を、テクジス首領の頭脳が収まったケースに叩きつけた。
 左足を通じて激痛が体を駆けめぐる。
 それにかまわず、姿勢制御用バーニアを後方に向け噴射。
 再び、左足でライダーキックを放つ。
 クリーツの左足の積層装甲が砕ける。ライトニングライダーキックのために装甲が劣化していたためだ。
 首領の頭脳を守る装甲は、破壊されていない。
 小さな窪みが出来ているだけだ。
 だが、それで十分。
 クリーツはすかさず、右足でケースを蹴る。
 と、クリーツがライトニングライダーキックを見舞った地点に、黒い影が飛び込んできた。
 テクジスの首領だ。
 テクジス首領の右腕が、ライトニングライダーキックを見舞った地点にめり込んでいる。
 クリーツは積層装甲の下で笑みを浮かべる。テクジス首領といえども、頭脳が破壊されるとなれば冷静ではいられなかったらしい。そして、クリーツが攻撃する直前を狙って攻撃を行ったのだろう。クリーツの狙いはそこにあった。テクジス首領がクリーツを狙って行った攻撃を、頭脳を守るケースへと誘導する。
 テクジス首領はあわてて、装甲から自分の腕を引き抜こうとしている。体が動けると言うことは、装甲が破壊されたと言っても、その中のケースにまでは損傷が及んでいないと言うことだろう。
 だが、そのかわりテクジス首領の背中が無防備に露出している。
 クリーツは天井を蹴り、再びテクジス首領の背中へと向けて突進する。
 今度は右足にエネルギーを集中。翅を収納する箇所ならば攻撃が通用することは、先ほどのエレベーターシャフトでの戦いで実証済みだ。
「ライダーキック!」
 クリーツの右足が、テクジス首領の背部装甲を突き破る。
 そのまま、人工筋肉を、そして、その奥の動力炉を打ち抜く。
 すかさず、右足を引き抜いて着地。
<愚かなことをしたな、藤山>
 テクジス首領の声が響いている。
<お前は、理想の世界を作るための手段を無駄にした。必ず、後悔するぞ>
 テクジス首領の体から光が漏れる。
 その体が膨張し……
 内部から炎が吹き上がり、
 爆発した。
 爆発がテクジス首領の体を、そして、頭脳が収まっているケースを飲み込んでいく。
 テクジス首領の体は勿論、頭脳も焼き尽くされただろう。
 そう確信し、クリーツはエレベーターシャフトへと駆け出す。
 跳躍し、エレベーターシャフトの壁を一気に駆け上がる。
 壁を蹴り、その勢いで上昇し、地上へと急ぐ。一蹴りごとに、体から力が抜けていくような気がする。両腕と左足が出血していることを思えば無理のないことだ。が、だからと言って気を抜けば自分にも死が待っている。
 息も絶え絶えに、クリーツは司令室へと舞い戻る。
 司令室は炎に包まれていた。
 証明は勿論、全てのコンソールから光が失われている。すでに、全ての動力炉が破壊されたのだろう。
 いくつかの機械が破壊されていることが、二郎達とカニノロジーとの戦闘の激しさを物語っている。
 藤兵ェ達の気配はない。すでに脱出したのだろう。
 クリーツは思わず、安堵の息を吐く。
 と、その場に倒れ込んだ。
 クリーツは安堵の息をもらす。テクジスの組織に大きな打撃を与え、首領が考える世界改変を阻止することが出来た。死に方としては、悪くない。
 クリーツの視界が、白い靄の中に様々な映像が映し出される。テクジスが壊滅した後、その技術を表社会の日常にフィードバックしようとする人々がいた。同じ世界で、新たなるテクジスを作るために使用している人々がいた。同じ、テクジスから生まれ出た技術が破壊と日常の両方に使われ、世界が動いていく。
 不意に、白い霧が晴れる。
 先ほど見ていた光景が夢だったかのように、周囲の光景が明瞭に見渡せる。
 クリーツが見た光景の正体は分からない。テクジスのもくろみが失敗し、世界が人間による観測を中心とした世界に戻る余波だったのかもしれない。そうではなく、単純な幻であったのかもしれない。
 だが、いずれにせよ一つ確実なことがあった。
 テクジスという組織が滅びても、仮面ライダークリーツ=藤山隆とテクジスとの戦いが終わったわけではない。
 テクジスの残党……それ以上にその技術を継承・発展させた上でテクジスと同様の行いに走る者達との戦いが残っている。
 近くの制御卓を支えにして、クリーツは立ち上がる。
 力を入れる度に、両腕に、そして、左足に激痛が走る。
 藤山隆個人に、世界を永久に善導する義務も権利もない。それでも、テクジスという組織が残したものに対して、最後まで向き合う必要があると思えてならない。
 クリーツは積層走行の破片が刺さった体で、激痛にさいなまれながら移動を再開する。
 テクジス首領との戦いで体力の殆どを使い果たした所為か、走る気力もない。
 それでも、脱出口へと向けて歩き出す。
 その間にも、周囲で起こる爆発の頻度が上がっていく。阿修羅谷基地の崩壊も時間の問題だろう。
 通路を歩き、何とか、対消滅砲の格納庫までたどり着く。
 格納庫の奥に鎮座していたはずの対消滅砲は崩れ落ち、炎と黒煙に包まれている。
 ふと、床に金属の固まりが転がっていた。
 ATO・ミスクズ同盟で使用されていたTRCS2000Aの改良タイプだ。基地へ突入する連合軍の主力として使っていたものに相違ない。
 TRCS2000Aの殆どは炎に包まれている。
 その内、無事そうなバイクを引き起こしてクリーツは跨がる。
 エンジンをスタートさせ、発進。
 炎に包まれた阿修羅谷基地の中を、クリーツは走る。
 時折、通路が爆発し、クリーツめがけて炎が吹き上がる。
 敷設されたエネルギーパイプが爆発しているのだろう。
 その事がクリーツに、阿修羅谷基地の崩壊まで時間がないことを痛感させる。
 不意に、タイヤの辺りから異音が聞こえてきた。
 おそらく、フレームに異常がおこっているのだろう。対消滅砲の爆発を生き延びることが出来たとはいえ、その影響は小さくなかった。
 ふと前方の床が膨張している。
 とっさに、クリーツはTRCSから飛び降りる。
 直後、床を突き破って炎が吹き上がり、TRCSを包む。
 その爆発の衝撃で、クリーツは吹き飛ばされる。
 体中に衝撃を受け、床を転がったクリーツは立ち上がりつつ、通路を見つめる。
 すでに通路全体が炎に包まれている。先ほどまで運転していたTRCS2000Aの改良型も、焼失したのだろう。
 もはや、脱出できる可能性は0に等しい。徒歩で基地の崩壊前に脱出できるとは思えない。対消滅砲の格納庫後まで戻り、無事なTRCSを探す時間もない。
「ここまで、か」
 そう呟いたとき、前方を包む炎が揺らめく。
 クリーツが訝しがる中、炎の中から、金属の固まりが姿を現した。



埼玉県某所
15時38分

 バルログ残党がアジトとして使っている廃工場。
 永田恵瑠はその屋外に出て、彼方を見つめていた。稲光に似た砲撃は未だに発射されていない。対消滅砲の発射は阻止され、世界の改造は失敗したはずだ。少なくとも、恵瑠はそう信じている。
「心配か?」
 不意に、男が声をかけてくる。
 ファルベン・ミッターマイヤー。かつて、ともにアサクモ研究所で新型バイクの開発に携わっていた男だ。
「はい」
 言いつつ、恵瑠は彼方を見つめる。
「そうか。俺もつきあおう」
 それだけ言うと、ファルベンは地面に座り恵瑠と同じ方向を見つめた。かつて、ファルベンは自信が開発に携わっていたバイクのテストライダーを失っている。それだけに、思うところがあるのだろう。
 そうして、しばらく二人で地平線を眺めていると彼方から一台の車両が姿を現した。
 恵瑠は目を見開く。ファルベンも立ち上がり、身を乗り出していた。
 ATOの兵員輸送車がこちらに向かってきている。
 HEAT弾が着弾したのか、遠目でも損傷がはっきりと分かる。速度も、いやに遅い。それでも着実に、こちらに向かってきていた。
「先発の連中が戻ってきたぞ! 損傷は大きい!」
 それだけ言って、ファルベンが仲間を呼びに廃工場へ戻る。
 ファルベンの言葉をよそに、恵瑠は兵員輸送車を見つめていた。先発隊は兵員輸送車2台とオライオンが運転するトレーラーの3台で構成されていたはずだ。付け加えると、恵瑠の双子の妹、永田可憐が乗っていたのは赤いトレーラーだった。
 もう一台の兵員輸送車に乗っていた乗員は、トレーラーに乗っていた乗員は、もっと言えば可憐はどうなったのか。
 身震いをしながら、恵瑠は帰還した兵員輸送車を見つめている。気づけば、旧アサクモ研究所の職員が総出でトレーラーを迎えようとしていた。
 兵員輸送車が停車し、乗員が降りてくる。
 テクジスから脱走した改造人間が、ATO・ミスクズ同盟を裏切った者が、そして、彼らにつき従った、アリノロジーの体の一部を移植された子供達が降りてくる。降車した者は、皆、大なり小なり怪我を負っていた。妹の、可憐の姿は未だに見つけられない。
「急いで、彼らを中に!」
 プレシット博士の檄が飛ぶ。
 恵瑠も弾かれたように彼らの下に駆け寄る。
 改造人間開発セクションの担当者が中心となり、負傷者に優先順位をつけつつ廃工場の中へと運んでいく。
 恵瑠もその作業を手伝う。
 アリノロジーの体の一部を移植された子供を抱いて、工場の中に運ぶ。アリノロジーの四肢の接合部のあたりから大量の出血をしていた。本人も、大きな傷を負っており、欠損している四肢すらある。その姿が、可憐や雪奈と重なる。
 子供を運び終えると、同僚と2人がかりで水生哺乳類の改造人間を運ぶ。世界改造計画の直前にテクジスを裏切った改造人間達の一人だ。恵瑠が運んだ者は積層装甲に大きな損傷を負っていた。不意に正人のことを思い浮かべる。
「姉さん」
 不意に、背後から声をかけられた。
 振り向くと、可憐が立っていた。
 軽いやけどは負っている。
 だが、恵瑠が今まで運んできた子供達と比べると軽傷と言ってよかった。
「姉さん。ただいま」
「お帰り。可憐」
 恵瑠は可憐を抱きしめる。確かに、自分の腕に可憐の感触がある。幻ではないはずだ。少なくとも、恵瑠は強く確信している。
 腕の中で可憐が痛いと抗議の声を上げている。だが、恵瑠は力を緩めるつもりになれない。
「姉さん。面白い話を切かせてあげる」
 腕の中で、可憐が呟く。
「私ね、仮面ライダーに助けられたの」
「島津さんに?」
「そうじゃなくて、仮面ライダーよ。正人でも藤山さんでもない」
 その言葉に、恵瑠は首を傾げる。通常、バルログで仮面ライダーと言えば藤山隆か島津正人を指す。まさか、都市伝説の、あるいは、藤兵ェが子供の頃に見ていたTVのヒーローが本当にいたとでも言うのだろうか? 
「そういえば、島津さんは?」
「さぁ。私たちが撤退するまでは、姿を見せなかったわ」
「そう」
 思わず、恵瑠は目を伏せる。
 気づけば、阿修羅谷基地に突入した面々が戻ってきている。
 だが、その中にモンスナーLに跨がったバッタノロジーの姿はない。
 と、ダミーの排気音響く。
 恵瑠は、音が聞こえてきた方向に目を凝らす。
 バッタノロジーが、純白のバイクに跨がってこちらに向かってきている。
 見間違いようがない。
 仮面ライダークラント=島津正人だ。
「島津さん」
「恵瑠さん。ただいま戻りました」
「遅いから、心配したぞ」
「いや、まぁ、色々ありまして」
「エルもお疲れさま」
<自動操縦モードは解除。車体に問題はありません>
「島津さん」
 恵瑠はおずおずと切り出す。
「私、どこも変わっていないですよね」
「えぇ。俺が知る、永田さんのままです」
 正人の言葉に、恵瑠は安堵の息をもらす。
「ミスター・オオモリ達はどうした?」
「大森さん達は……」
 正人が報告を行おうとしたとき、TRCS搭載の無公害エンジンの駆動音が辺りに響きわたった。

 葵が廃工場に帰還したとき、すでに殆どのバルログの構成員は帰還していた。
 かつての経験を元に、葵はゆっくりとバイクを停車させる。
「雪奈ちゃん。大丈夫?」
 振り向くと、雪奈が首を縦に振る。アリノロジーの四肢との接合部からの出血が痛々しいが、命には別状がなさそうだ。
 と、葵のすぐ脇を、別のTRCSが蛇行しながら通り過ぎていった。乗り手である、二人の成人男性のやかましい声が辺りに響く。
 蛇行し、廃工場の壁に吸い込まれるように進み……
 激突する直前に、ようやっと止まる。
「いや、危ないところだったなぁ」
「……おやっさんが運転するバイクには、二度と乗りませんわ」
「そうだな。儂もバイクはやめておくことにする」
 大森藤兵ェと大千葉二郎がバイクから降りた。本来、TRCSの運転は大千葉二郎の役割だったが、阿修羅谷基地内部での戦闘で武装義肢を失った為に、帰還時の運転は藤兵ェが行わざるを得なかった。
 葵は胸をなで下ろしながら藤兵ェと二郎をみる。本当に、危なっかしい運転だった。此処まで帰還できたことは奇跡と言ってよい。
 藤兵ェの元に、先に帰還していた面々が駆け寄ってくる。
 葵も雪奈とともにTRCSから降りて、藤兵ェの元に駆け寄る。
 何やら、プレシット博士が藤兵ェに話をしている。断片的に聞こえてくる情報から推察するに、帰還者の内訳を報告しているのだろう。
 葵は周囲を見渡す。
 帰還に成功した者は当初出撃した人員の3分の1に満たない。作戦としては成功だ。一度、バルログと言う組織がテクジス首領一人のために壊滅したことを思えば、奇跡とも言っていい帰還率かもしれない。それでも、葵は作戦の成功を手放しに喜ぶ気にはなれなかった。
「後は、隆だけだな」
 藤兵ェのつぶやきを耳にして、葵は改めて周囲を見渡す。
 この場に、藤山隆の姿はない。当然といえば当然だ。葵たちよりもさらに、基地の奥に進み、一度はバルログを壊滅に追い込んだテクジス首領の足止めを行っていた。自分たちより脱出が遅れるのは当然だ。戦死した可能性すらある。
「ま、大丈夫でしょ」
 二郎が軽い調子で応える。
「あいつの死に場所は此処じゃないらしいですよ。な、葵」
 言いつつ、二郎が葵に顔を向ける。
「二郎の言うとおりだ、葵」
 背後から、藤兵ェが葵の肩をたたく。正直、すこし痛い。
「いつだか捕まったときだって、ATO・ミスクズ同盟の大軍団の中からだってあいつは帰ってきた。そうだろう」
 穏やかな声で藤兵ェが言う。
 葵は無言で頷く。藤兵ェの言葉は事実だ。否定するつもりはない。隆の生存も否定しない。だが、今まで無事だったことは、今回、生還することの根拠にはならない。
 葵は目を大きく開く。藤兵ェはさておき、自分も二郎も隆に家族を殺された身だ。その自分たちが、隆の生存を素直に望んでいるのはどこか、不思議な気分だった。
 テクジスによる世界改変の結果ではない。今思い返せば、アフリカで戦っていた時でも、葵は隆を憎み切れていなかった。
 その上で、葵は考える。
 テクジス首領の言葉は間違っている。
 隆を完全に許したわけではない葵でも、隆と和解をしたわけではない二郎でも、ともに一つの目的を成し遂げることが出来た。
 そして、今、彼の命を案じることも出来る。
 完全な和解は出来なくとも、テクジスに対する絶望的な状況を乗り越えることが出来た。どんなしがらみがあろうとも、大量殺人などと言う暴挙に走らずに世界は大きく変わっていく。少なくとも、今の葵にはそう思える。
 葵は二郎や藤兵ェとともに地平線を見つめる。
 未だ、仮面ライダークリーツ=藤山隆の姿はない。
「藤山への助け船、間に合わなかったかな?」
 正人が呟く。
 と、葵の視界に違和感がよぎった。
 何かが、土煙を上げているような気がする。
 見間違いだろうか。
 そう訝しがる隙も与えずに、ダミーの排気音が高らかに響いた。
 葵は身を乗り出す。
 正人が、藤兵ェが。
 未だ、隆を許していないはずの二郎までもが身を乗り出す。
 そして、彼方から白く輝くバイクに跨がった人影が姿を現した。
 バイクに跨がっているのは、人間ではない。
 緑色の外骨格。
 赤い複眼。
 金色の口元。
 眉間から延びる2本の触角。
 バッタ人間。そう形容されるべき存在だ。
 バイクに乗ったバッタ人間が、こちらに向かってきている。
「藤山!」
「隆!」
 二郎が、藤兵ェが口々に乗り手の名を叫ぶ。
 仮面ライダークリーツ=藤山隆。
 跨がっているバイクは、葵が良く知っているバイクだ。
 ツィクロン。モンスナーと同等の性能を誇る士官型改造人間用の大型バイクだ。正人が口にした助け船とはこれのことだったのだろう。何らかの事情で阿修羅谷基地に配備されていたものを、正人がエルを使って送り届けたに違いない。
 葵は、クリーツの元に駆け出す。
 葵だけではない。
 藤兵ェが、
 正人が、
 そして、隆を憎んでいたはずの二郎までもがクリーツに向けて駆け出す。手当が終わっていないことを心配そうにいいながら、雪奈も二郎と共に元に駆け出す。
 クリーツが、葵達の前でツィクロンを停車させる。
 バイクから降りたクリーツが、自分の人工血液で赤く染まった腕で作戦の参加者達と手を取り合う。
 作戦に参加した者は、必ずしも、クリーツの仲間といえる存在ではない。
 二郎のように、クリーツに複雑な感情を持っている者もいる。
 一方で、藤兵ェや正人のように、純粋に藤山隆に好意を持っている人間もいる。
 だが、少なくとも、現在だけは。
 テクジスの世界改造計画の阻止と、首脳部の殲滅。
 その作戦に携わった仲間の無事を喜び合う以外の感情は、この場にいる者には不要だった。



 この日、世界各地で活動した方面軍の首脳部は完全に壊滅。
 秘密結社、テクジスは壊滅した。

次回予告

 戦いは終わった。
 それでも、争いが消えたわけではない。
 戦いの残り火。次の戦いの種火。
 戦火の予兆を感じさせつつも、世界は新たな時代へと向かっていく……

 次回、仮面ライダークリーツ。最終回

 終章

 に、ご期待ください。

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