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クリスマスの形


「なぁ、五月雨。24日の夜って、何か予定入っていないか?」
 12月も中盤に突入してきたある日。
 俺は執務室で五月雨にそう切り出した。
 その言葉を聞いた五月雨が書類を整理する手を止め、目を丸くして振り返る。海の青さにも似た長髪が、美しい弧を描いている。
「入っていませんけど……」
 五月雨の愛らしい声を聞きながら、俺は脳内で五月雨の発言を整理する。五月雨は予定が入っていないと言った。つまり12月24日、彼女はフリーだと言うことだ。よくよく考えれば整理するような情報でも何でもないが、そう言う疑問は脇に置く。
「そう言うことなら、さ」
 呼吸を整えつつ、俺は話を本題へと進める。
「その、一緒に食事でもどうだ」
「……え?」
 目を見開いたまま、五月雨が固まった。頬が、少し朱色を帯びている。
「ほら、折角だしこう、宿舎の、俺の部屋でも使って二人でクリスマスパーティみたいな事をするのもいいと、思うんだが……」
 五月雨からの反応はない。目を丸くして、顔を赤くしたまま固まっている。
「あ、嫌なら良いんだ。友達づきあいとかもあるだろうし……」
「い、行きます!」
 そう言いつつ、五月雨が急速に俺との距離をつめて手を握る。五月雨の小さな両手が俺の手を力強く包む。
「大丈夫です! やりましょう、クリスマスパーティー!!」
 五月雨が乗り気で、俺は安堵の息を吐く。色々と準備をした甲斐があった。
 ふと横目で入り口を見ると扉がかすかに開いている。しっかりと扉を閉めていたはずだが、気のせいだったのだろうか。
 俺は小首を傾げながら、俺は扉を閉めた。


 12月24日。
 俺と五月雨はその日の仕事を片づけ、執務室に施錠をした。
「さて、行くか」
「はい」
 五月雨の小さな歩幅にあわせて、俺は自分の宿舎に向けて歩き出す。
 五月雨は右手にいやに大きな袋をぶら下げている。
「なぁ、五月雨」
 俺が声をかけると、五月雨が跳ね上がりそうな勢いで背筋を伸ばす。
「その袋、ケーキか?」
「は、はい!」
 普段より若干高く、こわばった声で五月雨が答える。
「ちょ、チョコレートケーキ、二人分作ってみたんですけど、嫌いじゃなかったですか?」
「あぁ、勿論」
 俺が答えると、五月雨が安堵の笑みを浮かべる。その笑顔を見ながら確信する。今日の俺の行動は間違っていなかった。よくよく考えると、社会通念的には明らかに間違っている行動のような気もするが、深く考えないことにしておく。他の部下にじゃまされず、五月雨と二人っきりでクリスマスを過ごせるという一点において、俺の考えが間違っていないことに変わりはない。
 俺の部屋の前の前まで歩いていくと、二人分の人影がすでに俺たちの到着を待ちかまえていた。
「提督達、やっときたのね!」
「遅かったわね。待ちくたびれたわ」
 仁王立ちをしていた、足柄と伊19が俺たちを迎える。
 そんな二人を見ながら、俺は思わず肩を落とした。
「……お前等を呼んだ覚えはないんだが?」
「勿論、勝手に来たに決まっているじゃない」
「決まっているじゃ無い。大体、このパーティーの事いつ知った」
「この前、報告をしに来たときに二人の話を聞いたから、知り合いのみんなに知らせたのね!」
 伊19が胸を反らして答える。そう言えば、五月雨と二人でクリスマスを過ごそうと提案した日、閉めたはずの執務室の扉が開いていた。
 ふと、横を見ると五月雨が肩を落としていた。
「大丈夫よ。五月雨ちゃん」
 足柄が慈愛に満ちた笑みを浮かべて、五月雨の肩に手をおく。
「あなた達の邪魔をするつもりはないから」
「本当ですか!」
「えぇ」
 優しげな眼差しと共に返された足柄の言葉に、五月雨の顔に笑顔が戻る。
 直後、足柄がさも当然のような顔で言葉を続けた。
「ただちょっと、あなた達のパーティーのおかずやおやつで今日の夕食代を少しでも浮かそうとしているだけよ」
 その言葉に、五月雨の目が点になった。俺としては、その考え自体が大いに邪魔だと言ってやりたい。
「食費を浮かすっていっても、おれと五月雨の二人で過ごすつもりだったから、余分な食い物はほとんどないぞ」
「な、何ですって」
 足柄が目を丸くし、伊19が肩を落とす。俺としては、どうしてこの事態を想像できていないのか激しく問いつめたい。
「困ったわねぇ、食材買い足すとなると当初の目的を達成でき無いじゃない」
「俺の当初の目的のために、とりあえず帰ってくれないか?」
 俺が声をかけても、足柄は腕を組んで何かを考えている。俺の訴えを聞き入れるつもりは一切無いらしい。
 しばらくすると、足柄がゆっくりと目を開き、重々しい口調で尋ねた。
「ちょっと出撃許可出してくれない?」
「何をするつもりだ?」
「決まっているじゃない。深海棲艦を2、3匹血祭りに上げてくるのよ」
 満面の笑みで得意げに答える足柄。
 そんな足柄に対して、俺はしかめ面で告げざるを得なかった。
「言っておくが、深海棲艦は食材とは認めないからな」
「失礼ね、私にもそれくらいの常識はあるわよ」
 足柄が口をとがらせる。
「出撃したついでに、ちょっとお魚捕ってくるだけよ」
「で、でも足柄さん。私たちが漁業をするのは、組合の要請と、そのほか色々な手続きが必要なんですけど……」
 あわてて、五月雨が足柄の発案に反対意見を述べる。確かに、多くの鎮守府では時折艦娘が漁業の手伝いをすることがある。だが、その実行に関連する組合の要請をはじめとする多くの手続きが必要だ。生憎、現在はどこからも要請は来ていないし、手続きをする時間もない。
 そんな俺や五月雨の心中を尻手か知らずか、足柄が涼しい顔で言葉を続ける。
「そこら変は、二人で上手くごまかしておいて。出撃許可さえもらえれば、上手く採ってくるから」
「その理屈を許したら、俺は部下の密漁を許可したことになるんだが……」
 不意に、足柄が親指を立てて満面の笑みを俺に向けた。
「がんばって、責任者」
「だめだ。食材は合法的な手段で入手するように」
 俺の言葉を受け、足柄が盛大にため息をつく。
「合法的に食材を入手しないといけないなんて、面倒な条件が付けられたわね」
 俺としては、もはや言うことはない。ただ、出撃して戦闘の片手間に漁業を行うより、適当なコンビニにでも行って買い物をしてくる方が遙かに楽だと言うことだけは、内心で指摘しておく。
 しばしの間をおいてから、足柄が口を開く。
「お酒は駄目?」
「五月雨には飲ませるな。それが最低条件だ」
 俺の言葉を待っていたかのように、伊19が勢いよく挙手をする。
「食べ物は持ってきていないけど、マルチタップとスーパーファミコンのコントローラーは持ってきたの」
「わかった。特別に参加を認める」
 肩を落としながら俺は答える。明らかにレギュレーション違反だが、遊ぶ準備を十分にしてきた伊19を追い返す気にもなれなかった。取りあえず、この後スーパーボンバーマン2で完膚無きまでに叩きのめすことで、伊19に対する制裁とすることにしよう。
「あら、思ったより大勢来ているのね」
 ふと、典雅な声が聞こえてきた。
 声が聞こえてきた方を見ると、如月と木曾、そして弥生が連れ立ってこちらに向かってきている。彼女も、伊19に呼ばれたらしい。
「三人とも、色々あって食材持参になったわ。大丈夫?」
「あぁ、手ぶらで参加するほど無粋じゃねぇよ」
 言いつつ、木曾が手に提げた袋を掲げる。俺は肩をなで下ろす。これで、まともなパーティができる。
「そう言えば、木曾さんは何を持ってきたんですか?」
「あぁ、キムチ鍋の元と具材。あと、酒も持ってきた」
 木曾の答えに俺は思わず言葉を失った。五月雨と二人でケーキを食べる光景が、凄まじい勢いで遠ざかっていく。
「……お前、クリスマスをなんだと思っている」
「飲みの集まりじゃないのか?」
「だったら五月雨を呼んでいない」
 目を丸くした木曾に、俺は冷たい声で答える。まさか、ここで木曾がボケに走るとは思っていなかった。裏切られた気分だ。
「え、えーと私はフライドチキンを持ってきたけど、弥生ちゃんはなにか持ってきた?」
 如月の問いに、弥生がで頷く。
「皆で食べれそうなもの、持ってきた」
「よし!」
 俺は思わずガッツポーズを握る。鍋が若干気になるが、如月のフライドチキンとあわせればまともなクリスマスになるはずだ。
「コンビニで買った、おでん」
 そして、弥生の口から出てきた持参した食べ物の正体を知り、盛大に肩を落としたのだった。



 それから30分ほど後。
 宿舎の俺の部屋には、部下たちが持ち寄った食材が並べられることになった。
 木曾が持ってきたキムチ鍋を中心に、足柄が持ってきた酒(五月雨と伊伊19には、俺が冷蔵庫に保管していたスポーツドリンクが割り当てられることになった)。そして、口直しに弥生が持ってきたおでんと如月持参のフライドチキンが配られている。
 因みに、五月雨がせっかく用意したケーキは明らかに分量が足りないために冷蔵庫の片隅に追いやられた。邪魔者を片づけてから、二人で食べるしかあるまい。
「ねぇ、木曾さん」
 如月が乾いた声で問う。
「クリスマスって何だったかしら?」
「今年は忘年会とセットなんだよ」
 最早、口にする物のクリスマスらしさなど気にしても仕方がないと言いたげな表情で木曾が答える。この際、食卓からクリスマスらしさが消えている一番の原因は木曾が持ち込んだキムチ鍋にあることは脇に置く。
「でも、クリスマスは大事な人と過ごす日だって聞いたこと有ります」
 ふと、俺の隣で五月雨が明るい声を出す。
「五月雨ちゃんは、大事な人と二人で過ごせなくて残念だったわね」
「それは……」
 五月雨が顔を真っ赤に染めて俯く。
「って、そうじゃなくて!」
「外国だと、恋人と家族や友達皆とお祝いをする方が主流なのよ」
 足柄が優しげな笑みを浮かべて、先の五月雨の発言を補足する。
「そうなの?」
「えぇ。恋人に限らない、そう言う大事な人と一緒に神様が生まれた日を祝福するの」
 足柄の説明を受けて伊19が手を打つ。
「つまり、日本で言うとお盆みたいな物なのね!」
「そう。お盆に親戚みんなが集まるなら兎に角、恋人二人でラブラブムードになるのはおかしいでしょ? だから、外国風の過ごし方と思えば、こういうクリスマスも有りだと思わない?」
 足柄の言葉を受け、俺は食卓の中央に鎮座する鍋に顔を向けた。
 言いたいことは色々あるが、そもそも外国風のクリスマスとは思えない。
「……まぁ、何だ」
 しかめ面をしながら、俺は言う。
「実際に飯を食ってボンバーマンでもやれば、色々と印象は変わるよな。うん」
「そ、それじゃあ、メリークリスマス。あと、いただきます」
 五月雨の若干緊張した声と共に、俺は部下たちと共にキムチ鍋に箸を延ばす。うん。これはこれで中々美味い。木曾は値段の割に良い肉を持ってきた。
 口の中が辛くなってきたので、弥生がもってきたおでんに箸を延ばす。
 はんぺん美味い。
 続いて、キムチ鍋。豚肉美味い。
 おでんで口直し。牛すじも良い。
 ときおり、鍋とおでんの合間に如月が持ってきたフライドチキンを挟む。
 …………
 やはり、鍋とおでんのローテーションは明らかにおかしい。酒を飲める組は日本酒を挟むのも手なのだろうが、五月雨たち酒を飲めない組はそうもいかない。
「すこし、買い出しに言ってくる。皆、楽しんでいてくれ」
「あ、そう言うことならケーキもお願い」
 伊19の取り皿に野菜を盛りつけながら足柄が答える。酒を飲めるはずなのに、コップにはウーロン茶が注がれている。どうやら、この後行われる予定のボンバーマン大会で勝ちに行くつもりらしい。
「……後で金を出すならな」
 俺がそう付け加えると、木曾を除く部下たちが一斉にケーキを所望しだした。なんだかんだ言ってもケーキが無いクリスマスには違和感を覚えていたらしい。
「あ、私も行きます。みなさん、少しだけ失礼します」
 そう言って、五月雨が立ち上がる。俺の買い物につきあうつもりらしい。
「五月雨。財布とってくるから、少し先に玄関で待っていてくれ」
「はい」
 返事をしながら、上着を羽織って出て行く五月雨を後目に、俺は上着を来たまま、今日のために買っていた品物を取りに向かった。


 それから15分ほど後。
 俺は五月雨と共に、目的の品物を買って、宿舎への帰路についていた。クリスマスイブの当日に、全員で食えそうなケーキを購入できたのは幸いだった。
「店員さん、すこし驚いていましたね」
 俺の隣で、五月雨が苦笑する。
 その言葉で、俺も先ほど立ち寄ったコンビニの店員の顔を思い出す。五月雨が言うとおり、レジに品物を言ったとおり店員がかすかに目を見開いていた。クリスマスイブに大量のインスタントご飯とケーキを購入する客が居るとは思っていなかったのだろう。 
「すまないな。二人で過ごす予定だったのに、こんな事になって」
「大丈夫です」
 普段より少し大人びた笑みで五月雨が答える。
「鎮守府の友達も、私の大切な人ですから。私は、こんなクリスマスも有りだと思います」
 五月雨の言葉に、俺はパーティーが開かれる直前のクリスマスの解説を思い出す。
 クリスマスは大事な人と共に過ごす日。
 そして、五月雨に限らず、他の部下たちも俺にとっては十分に大切な存在といえる。たとえ、それが状況によっては命を危険にさらす命令を出す存在だとしても、だ。
「そうだな」
 俺はつぶやく。
「こんなクリスマスも有りだよな」
 言いつつ、俺は五月雨にほほえむ。
「はい」
 五月雨が満面の笑みで俺のほほえみに答えた。
 ふと、俺は周囲を見渡す。
 人影はない。車通りもない。
「すまない。五月雨。少し待ってくれないか?」
 言いつつ、俺は上着のポケットに隠し持っていた品物を五月雨に差し出す。小さな、直方体の物体だった。
「何です、これ?」
「プレゼントだ。安物のネックレスなんだが、迷惑だったか?」
 五月雨が息をのむ。
 頬を赤く染め、目を大きく見開いている。
「ありがとう御座います。大事にしますね」
 壊れ物を受け取るような手つきで、五月雨が俺に渡された箱を受け取る。
「よかったら、ここで付けようか?」
「い、良いんですか?」
 五月雨の目が輝く。想い人にネックレスを付けてもらうシチュエーションに憧れていたのだろう。
「じ、じゃあ、私が荷物、いったん持ちますから、お願いします」
 そう言うと、俺が手に持っていた荷物をひったくり、五月雨が後ろを向く。
 俺は改めてプレゼントを受け取ると包みを開け、ネックレスを取り出す。
 夜の闇に、五月雨の白く、細い首が浮かび上がっている。
 俺は背後から腕を回し、五月雨の首にネックレスをかける。自然と、俺の顔が五月雨の首に近づく。気がつくと、俺の息がかかりそうな位置に五月雨のうなじがあった。俺の動悸が早まる。
 ネックレスの金具を止める。
 と、五月雨の体が少しだけ跳ね上がった。
「どうした?」
「い、いえ。やっぱり、外でネックレス付けると、ちょっと冷たいですね」
 照れくさそうに、五月雨が笑う。
「そうか。気付かずにすまない」
「いえ」
 頬を赤らめたまま俯く五月雨から、俺は預けていた荷物を受け取る。
 そして、宿舎へ向けて……
「提督」
 歩きだそうとしていた俺を、五月雨が呼び止める。
「ネックレス、似合いますか?」
 緊張した面もちで、五月雨が俺を見つめていた。
 胸元には、ネックレスの蒼い宝石が輝いている。
「あぁ、良く似合っている」
 そう言うと五月雨が、どことなく恍惚とした笑みを浮かべた。
 ふと、俺の脳裏によこしまな考えがよぎる。
 今なら、自然にキスの一つでもできるのではないか。
「なぁ、五月雨」
 俺は吸い寄せられるように五月雨に近づく。
 五月雨は動かない。
 呆然と、赤い顔で俺を見つめている。
 俺は荷物を手に持ったまま、五月雨の方に両手をおく。
 五月雨が目を閉じる。顔の赤みがいっそう増したような気がする。
 俺がひざを曲げ。
 同時に、五月雨がつま先立ちになる。
 二人の顔が徐々に近づいていき……
「相変わらずね、二人とも」
 ふと、背後からゆったりとした声がかけられた。
 俺と五月雨は同時に体をこわばらせる。
 ゆっくりと振り向くと、如月と木曾がこちらに向けて歩いてきていた。
「き、木曾さん、如月ちゃん!? 何で?」
「いちゃついて、買い出しが遅くなったら面倒だから迎えに来くる事になったんだよ」
 あきれ顔で木曾が言う。
「そりゃどうも」
「ほら、さっさと帰るぞ。皆、鍋物以外の食い物待っているんだからな」
「ああ……」
 若干の無念さと共に、俺は五月雨と共に大事な仲間がいる俺の宿舎に戻った。

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